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 遠城から充電器を受け取り、早速繋げて充電する。スマホを覗きながらベッドに転がりサブのバイト先であるコンビニのメッセージチャットを確認し、とりあえず一週間は休んでいいとの返信を見てほっとする。メインのバイト先である冷凍倉庫は一ヶ月休んでいいらしい。その後は腕の完治まで、片手で出来る作業をメインにしてくれるようだ。準社員扱いで社保まである優良企業で助かった。

 スマホを枕元に置き、一息つく。そこでやっと俺は我に返る。

 流されるようについてきてろくに拒否れないまま泊めて貰うことになっておきながらなんやけど、うっかり轢いただけの相手の世話を焼きすぎやしよう知らん奴に対しての警戒心なさすぎちゃう?

 起き上がり、遠城のところへ行こうかどうか、この期に及んで迷った。警戒心なさすぎの部分は、もしなにかあっても利き腕が終わっている相手には勝てると踏んだ可能性がある。世話を焼きすぎの部分は、わからないが、俺が親なし実家なし住処なしだと知って憐れんだのかも知れない。いや笑ってたか。でも憐れだとは思われただろう。本人の俺が憐れだな自分と感じているからだ。

 そもそも遠城は加害者という立場にはなるが、俺だって別に潔白なわけではない。でも彼女にフラれてしまっているからにはこの家を出て行くと寝るところがそのへんの公園とか適当な駐車場とか、梅雨よろしく雨が降れば終わる選択肢しか取れない。なんせ俺は金がない。

 考え込んでいても仕方がないのでとりあえず起きようとした。その瞬間に背中が痛み、腰に鈍い衝撃が走る。体はまたベッドに沈んだ。むち打ちの辛さをひしひしと感じていた。通院の必要性もだ。頼めば遠城が送り迎えしてくれる気はするが、あんまり根本的な解決にならない。

「あかん……やっぱ彼女作ろ……」

 左手を動かしスマホを操作する。一応ダメ押しで元カノに連絡してみるが見事にブロックされていて、俺はマッチングアプリを即座に起動する。婚活用のアプリだ。数人の女性からメールが届いているがサクラかもしれない、プロフィールを見ながら慎重にいこう。

 なんせ俺は金がない。通帳からは大学に入り直した兄の学費が落ちていて、親はそんな兄のことを溺愛し続けてぶっ壊した。俺は親は好きじゃないが兄は嫌いじゃない。でも金は足りない。とにかく彼女を作って強引に婚約まで持っていって諸々理由付けして結婚を伸ばしながら金を引き出すという詐欺を目論むくらいには、全然まったく惚れ惚れするくらいに困窮している。

 そして三回連続で失敗するくらい、俺は結婚詐欺に向いていない。

「……、背中と腰と腕が痛くて集中でけへん……」

 結局スマホを待機に戻し、溜め息を吐きながら目を閉じる。そうすると、色々な音が聞こえた。外から響く車の走行音もそうだが、家の中からも音がする。低くて重い地鳴りのような音。ここは修理工場やぞという主張をされているみたいだ。

 この場にいなくても、この家にいるだけで遠城の存在感が常にあるんだなと今更思う。

 思いながら、全身の鈍痛に覆われていつの間にか寝ていた。

 ふと起きると雨の音がして、部屋はそこそこ暗くて、枕元には頬杖をつきながら至近距離で俺を眺めているショートカットの女の子がいた。

「へっ!?」

「あ、起きた」

 女の子はさっさと立ち上がり、部屋のカーテンをしゃっと閉めた。物が見えないくらい暗くなったがすぐに電気がつけられる。

 紺色のブレザーを着た女の子は電気のスイッチ前で身を翻し、俺に向けて笑顔を見せた。かわいかった。遠城の妹か、と流石に察して挨拶しようとした。

「話聞いてるで、兄貴の新しい男やろ? なんでそんなボロボロなん? 満身創痍が服着て寝とるやん」

 開きかけた口を閉じた。情報量が中々多かった。女の子は歯を見せながら親指を立てて見せてきて、その仕草は遠城を彷彿とさせた。

「うち、遠城楓。楓ちゃんでええよ。今から夕飯作るし、三十分後くらいに降りて来てや」

「え、あ、君が作るん……?」

「うわ、なんかモテなさそうな返し。神近さんやっけ? 名前はなんやかっこええのに残念系やなあ」

 楓ちゃんにもオブラートが搭載されていないと理解した。俺はまた口を閉じてしまい、彼女は部屋から出て行った。とんとんと階段を降りる音が、ドリルで穴でも開けているような工場の音の中に混じって聞こえた。ほんのりと話し声も届いてくるが何を話しているかまではわからない。

 ずりずりと体をよじり、痛みを堪えながら上半身をなんとか起こす。白い部屋の電気を見上げつつ、遠城の男、と声に出してみる。

 あいつが同性愛者なら色々と納得がいく。ちょっと轢いただけの男に住処を提供して完治まで世話すると言った理由がわりと好みだったからなら、まあ俺にもわかる。

 ただ我ながら神近三春っていうのは特筆すべきところのない凡夫だ。身長は遠城のほうが高いし顔は普通の見本だし、スペックに至っては凡夫をいい感じに下回る。なんせ結婚詐欺で金策をしようとする男だ、明らかに不良物件である。いやでもこれは遠城の知らない情報だから関係ないか。フラれてもうて未遂やし。

 項垂れながら息を吐く。遠城くらいの顔面があれば、今頃誰かから金を取れていただろうか。でも顔だけの話じゃないか、婚約に漕ぎ着けるもクソもなくフラれているし、そもそも付き合えた瞬間に部屋に上がり込んで住まわせてもらったりするんだからどれかと言えばヒモかこれ。結婚詐欺って、難しいな。

 なんて考えている間に三十分が経った。充電中のスマホはそのままにして、唯一まともに動かせる左腕を駆使して階段を降りた。和風出汁の香りに腹が鳴った。匂いにつられてよろよろと歩いていくと、ダイニングに辿り着いた。

 楓ちゃんが煮物やら野菜炒めやらを並べていて、遠城が三人分の米を盛っていた。

 ふっとこっちを向いた遠城に、

「遠城さんてゲイなん?」

 俺は素で聞いてしまった。

 固まった遠城と噴き出して笑った楓ちゃんは、全然違う表情ながら並んでいると非常に似ていた。

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