転生待ちの勇者様

透谷燈華

第1話 転生待ちの勇者様

―――義一、義一。あなたはいずれ別の世界を救うことになります。


「僕が?うん、わかった!」


―――いずれこちらの世界に呼びますから、備えておいてくださいね。


「うん!ところであなたは誰?」


―――私は神です。全ての世界を作り、管理するもの。では、いずれまた会いましょう。


「神様!またね!」


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


「…という夢を見て早十数年、俺はそろそろ異世界に呼ばれるんだ!」


「いやお前…もうわかったよ。たしかに五年位前からずっとそれ言ってるけどさ…」


「いくらなんでもそろそろ痛いよ?もうじき大学受験って時期なんだし。」


「そんな目標のために剣道で全国大会まで出たのはすごいけど、勉強もしておかないと…」


そう、俺は異世界に行くべく十年以上準備をしてきた。


五年程前、「異世界転生」なるジャンルを知ったときには震えた。


まさに俺もこうなる、という美しいモデルだと思った。


それから転生に備えてやっていた剣道にも一層熱を上げ、去年とうとう全国大会に出場するに至った。


実際のところ剣道なんか実戦ではあまり役に立たないらしいが基本は大切だ。


料理も始めた。現代知識でチート、という展開を目指して理科だの科学だのは本気で勉強した。


確かに友人は減ったが、どうせこの世界にはもうじき別れを告げるんだ。あまり関係のない話だ。


それでも友人でいてくれた二人には感謝が尽きないが…流石の二人でも転生の話は信じていないらしい。


「いいんだよ、俺は異世界にいってそっちで幸せにやっていくから勉強なんて。」


「はぁ、こりゃだめだね。」


「せっかく科学だけは点数良いんだし真面目にやれば絶対いい大学行けるって。!勿体ないよ。」


「やめとけ、もうあきらめよう。俺たちにはこいつは救えない…。」


「私たちが諦めたら義一本当に大学行けなくなっちゃうんだよ!?見捨てるわけにはいかないよ!」


「…ほどほどに勉強しておかないとおふくろさんも心配するぞ?」


「う…。それはちょっと卑怯だぞ!」


そう、数少ない二人の友人のほかに、母にも大いに感謝している。


多分異世界云々の話は信じていないが、いきなり「剣道をやりたい」と言い出したのにすぐに近くの道場を探してきてくれたり元理系の強みを生かして勉強を見て貰ったりしたものだ。


さっき言った理科だの科学だのにしても本気を出したくらいでそれこそ異世界で無双できそうなレベルの知識を付けられたのは母のおかげである。


「でも実際こっちの世界の地理だとか歴史だとか漢字だとかなんて異世界じゃ絶対役に立たないからな…」


「何言ってるんだお前、そんなもん異世界に行かなくても大して役に立たんぞ?」


「え?じゃあお前らは何のために必死こいて勉強なんてしてるんだ?」


「そこからわかってなかったのね…別に昔の偉い人の名前を覚えたりするのが目的じゃなくて、知識をある程度覚えておく、っていう練習が目的なのよ。」


「???つまり?」


「たとえ異世界に行くとしても異世界の地理とか歴史とかそれこそ魔法理論みたいなところとか覚える練習になるから真面目に勉強しとけってこと。」


「いやぁ、それはわかったけどそんなことしなくても何とかなるでしょ。」


「異世界の文字が全然知らない文字だったらどうするんだ?」


「そりゃ一刻も早く習得するよ。」


「その練習だと思って。」


「な、成程。…なんかこのままいくと上手く乗せられる気がするから今日はここまでだ!またな!」


「えっ…おい!ちょっと待て!俺たちはそれで上手く乗せなきゃいけないんだよ!」


「さすがに今日はあきらめましょう。体は鍛えてるんだから私たちじゃ追いつけないわ。」


「はぁ…悪い奴じゃないんだけどなぁ…。」


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


一方その頃、彼に救われるはずの異世界は。


運命の蝶の羽ばたきによって起こった台風で。


とっくの昔に救われていた。


―――はぁ、これでこの世界はもう大丈夫そうですね。


まさか私にすら読めない運命があるとは思いませんでしたが、結果おーらいです。


何か忘れているような気もしますが、世界が救われたことに比べればきっと些細な問題です。


忘れたままでいいでしょう。今はこの時を楽しみましょう。


こうして。


「転生待ち」の勇者様は。


生涯、その時を待ち続けることになった。

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