第36話 『陽気な大将』見参1

「よう。アンブロウズの旦那。ところで、ネフェルタの御大将おんたいしょうはどこかな?」


 その異様に元気溌剌な声を聞いて顔をあげたものの、想わず苦笑せざるを得ぬ。地下宮にある己の執務室にてのことだった。


 そもそも、ネフェルタがこののち帰還することを布告したのは己。それに対して他の魔道団が動くであろうことは、当然、想定しておった。しかし、こんなことをする奴がおるとは想わなかった。ただ、こうなってみれば、こいつならば――『陽気な大将』との二つ名を持つこの男ならば――もっとも影では『馬鹿大将』とも呼ばれておるらしいが――やりかねぬとは想い直す。


 その当の男は決して広いとはいえぬ部屋をゆっくりと見回しておる。もし、目当ての者ネフェルタがおるなら、そんなことをせずとも目に入るはず。


「帰って来たとは言っておらぬが」


「なんと」


 やはり異様に大げさに驚いてみせた男は、派手な真紅の上着を、前の合わせも閉じずに、素肌の上に直接はおる。下はたけが膝上までしかない、やはり真紅のズボンをはく。上下ともに金色の飾り紐がひらひらしてうっとうしい。こんなものを魔都で着ているのは、この者だけである。たしか、舶来品を安くない価格で手に入れたと以前に聞いた。


 何より際立つは、その手に持つ長大な槍である。そうして、やはり、こんなことをのたまう。


「決闘しに来たのだがのう。いまだ果たせぬか。残念至極」


 ところで、こいつは正真正銘、魔道師である。しかも、若いながらも、魔道団を率いておる。いわば、若手の有望株の一人。その才能は破格とも聞いたことがあるが、本当のところはどうか知らぬ。そんな奴であるが、まずは槍での手合わせをというのが、この者の流儀らしい。そんなこんなで他団の魔道師を呆れさせておると聞く。


「せっかくだ。この下に行ってみぬか?」


「下?」


「ああ。この下には道がある。私は信じておらぬが、黄泉にも時の王の居所にも通じておると噂される道がな。かつてネフェルタは修練と称してそこへ赴いておった。あの者と決闘をというのならば、そなたも行ってみてはどうか?」


「面白そうだのう。そう聞いては、是非にも所望したい」


 と服に劣らずけばけばしいその顔をペコリと下げる。


 アンブロウズは執務室の奧の壁を飾っているタペストリ――そこにはいくつものはめ合い鍵――魔都の子供たちが魔道の基礎練習に用いるもの――の紋様が織り込まれておった――を持ち上げ、その向こうを示す。


「そなたは暗闇でも難儀しなかったかのう? 一応、持って行くか?」


 そう尋ねつつ、光の小魔物を集めたランプを手渡す。


「難儀はせぬ。ただ、この方が風情ふぜいがある。ありがたく、借り受けよう」


 アンブロウズはその奧からただようひんやりした空気を感じながら、その去り行く後ろ姿を見送る。


 そして己は常に見送る側だったなと、改めて想う。ネフェルタであれ、リアン=ココであれ。そう。ここ地下宮は、そもそも彼らがこの下層にある道を探検するための拠点に過ぎず、それが後に発展してという訳であった。

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