第33話 七塔6

 そもそも北にあり、また、乾燥した大陸にあることもあり、夜ともなると、魔都はぐっと気温が下がる。さきほどの酔っ払いとのあれやこれやで、ゆるんだ外套の合わせを元に戻す。少しでも、寒風を防ぐためだ。


 目的の建物の判別には苦労するかもしれぬとの想いは、惰眼の塔主コクウゾにはあった。指定されておった通りの名は、二十八番竜宿りゅうしゅく通り。魔道団は竜宿を巡って争っておると聞く。ゆえに、彼らにとってはとても分かりやすい名なのではあろうが。いずれにしろ、我は知らぬ。


 ただ挑戦状には地図も付されておった。それによれば、六天館を北へと三本目の通りとなる。地図が正確なら、この通り沿いで間違いないはずだ。


 ただ、もう一つ問題はあった。門扉に魔道団の紋章が彫られており、それを目印にせよとのことであった。下品ではあれ、分かりやすい紋章である。昼日中であれば、すぐに見分けがつこう。しかし月光のみが頼りのこの状況では、かなり近付かねばならぬかもしれぬ。


 知らぬ男が夜半に門扉の前でうろうろしては、要らぬ警戒を招き、騒ぎに発展せぬとも限らぬ。それは避けたきことであった。余り近づかずに判別できれば良いが、それができねば朝日を待つ方が良かろう。そう想いつつ、両側の建物に目をやりつつ進む。月光が射す方は何とか分かる。影となる方は、まさに闇に沈んでおった。


 そうして、しばらく進んだあと、おぼろに目当ての紋章が月明かりに浮かんでおった。とぐろを巻く蛇が大口開けてカエルを呑み込まんとする図である。


 門扉を叩くと、一人の男が現れる。手に持つ挑戦状を渡し、己の二つ名を告げると、相手はあわててとって返す。しばしの置いてきぼりのあと、中庭に案内された。




 松明は焚かれておらず、灯りといえば、建物から洩れるのと、月光のみである。


 たいして時を置かず、十人ほどであろうか、周りの建物から出て来る。深夜のおとないにも関わらず、たいして待たされぬということは、今夜にも来ると待ち構えておったか、あるいは、殺しをなした夜とあっては、容易に寝付けぬゆえか?


 全員、そろいの黄色の外套を身にまとう。さしずめ戦装束いくさしょうぞくというところか。その中の一人が、さらに一歩前に進み出て、言葉を発する。


「すんなり応じるとは想わなかったぞ」


「まずは、問うために来た」


「何をだ。問いたいことなど、あるのか?」


「なぜ、命を奪った?」


「我らには大願がある」


「ならば、重ねて問おう。我が友の命にあたいするほどのものがあるのか?」


「魔都の王となる」


「かつて、そのような愚かな望みを抱く者もおりはしたが。もっとも、あの者はそれに留まらずの、幻獣王が何たらとのたまう大たわけであったが」


 言葉の後半は半ば独りごちるごとくに、自ずと小声となっておった。


「そなたが揶揄やゆするは、かつての魔都の王ネフェルタのことであろう。かの者の帰還が、アンブロウズより布告された。我らが動いたのは、それに先んじるためよ」


「それがおろかというのが分からぬとはな」


「我らの大願をあざ笑うか?」


「笑止。王となりたいなど。魔都を支配したいだけであろう。ただ、最後に聞かせてくれ。それを願うとすれば、それに見合う力は持っておるのであろう。ならば、なぜ、それを人のために使わぬ。なぜ、むしろ、人の平安を奪う」


「そのようなこと。我らの知ったことではないわ。それにそもそもそなたら七塔主は人なのか? 人外に堕したのではいのか? あの者は死体がウジに食われる如く、魔物に半ば食われておったぞ。我らは、むしろ死を与えてやったのだぞ。感謝して・・・・・・」


「それこそが余計なことよ」


 惰眼の塔主は強引にさえぎる。


「何のつもりだ。眼などつぶりおって。その二つ名に殉じたいのか? それに、その背後に浮かんでおるものは何だ?」


「見えるのか?」


「何だと聞いておる」


「塔の加護の具現した力だ。構えよ。これらは、そなたらを切り刻み、命を奪うことになる。ただ、無益な殺生はのぞむところではない。我が友を殺した者をのぞいて、この場を去るを許そう」


「何を戯れ言を。それとも、今更怖じ気づいたのか? 何ゆえ、我らが多勢の利をみすみす捨てる必要がある」


「ならば仕方あるまい。我もまた友の仇を討たずに戻る訳には行かぬ」


 やがて血だまりに伏す者たちのみが残された。

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