第32話 七塔5

 近付くほどに、それが覆いさえぎる星光は増えて行く。まるで、そこだけ黒く塗り込めた如くの領域。魔都のほぼ中央にそびえ立つ魔幻城のなす影であった。


 その影の領域を光が移ろう。あるところでともっておった光が突然、まったく離れたところに移る。もっぱら魔幻城に住み着く幽霊の仕業と言われておる。入れば必ず迷子になるという件と共にコクウゾも知る噂であった。


 挑戦状に記されたおおよその道順は、あえて六天館を迂回しておった。遠来の魔道師なら、六天館が魔道師禁制であると知らぬであろうし、こんなことはせぬ。七塔に手出しするは魔都の事情に通じぬゆえとも想い、その可能性もあるかと考えておったが、どうやら、それは無いと結論づけて良さそうだ。


 コクウゾは近道である六天館のかたわらの通りに入る。木造壁が連なり、ところどころに釣られた提灯が、その黒うるしと白漆喰しっくいを、冷たい月光から浮かび上がらせる。


 通用門のかたわらを過ぎるとき、人らしき者が出て来て、さえぎる。夜のこととはいえ、酒臭き息を吹きかけられるほどに近付くまでもなく、その目立つ鼻から、天狗のなにがしと知れる。


 かなり酔っておるのであろう――まったく知らぬ仲ではないとはいえ、あってしかるべき遠慮もなく、肩を抱かれる。確かにこやつは気安いたちであったと想い出す。


 そして、横並びのままに、我の進まんとする方向に進む。とはいえ、足運びは千鳥足と言って良い。その嬉しげな横顔を見て、相手のやりたいことはすぐに分かった。実際、待つまでもなく、それが始まる。


「これはこれは。どこぞのお方かと想えば、七塔の御仁ごじん、あの高名なる惰眼の塔主様ではないか。ところで、われがたどり着いたこの世界にまつわる結論。それについての返答をいまだいただけていなかった。今宵こそ、その良き機会。

 うむ。もしかして、忘れてしまわれたか? 『この世界は一つの問いから始まる』とする我の至れる真理を」


 その後も天狗殿のご高説はうんたらかんたらと続く気配であった。コクウゾは、仕方なく通用門の内に声をかけ、六天から人を呼ぶ。


 何とかそれをふりほどくを得た後、再び進む。真偽定かならぬご高説と己の経験の合致に苦々しき想いを抱きながら。あの因縁浅からぬ者とのえにしは、まさに幼きときの己の無自覚な問いに始まるのではないか、そう自身も考えておったゆえに。

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