第30話 七塔3

 五日ぶりのこと。


「ウサギさん」


「ウサギさん」


 塔のいただきにある塔主の間にて、我はまたそれに包まれておった。高くもあれば、低くもある。金属のこすり合う如くの不快なものもあれば、うっとりするほどの響き豊かなものもある。七塔主に仕える者たちの声だ。


 どうやら人らしき者もおれば、魔物にしか見えぬ者。あげくは、オモチャというかカラクリ仕掛けというかの如くの者まで。 声に劣らず、その姿も様々なるは、場を盛り上げるのに必須のご愛嬌か、はたまた悪い冗談か。


 ただし、今回はからかいが主目的ではないらしかった。緊急事態を告げに来たのであった。七塔主の一人が殺され、惰眼の塔主コクウゾが殺害をなした者を追っておるという。しかも下手人は魔道師であると。


 我は想わず立ち上がり、向かわんとするが、間におる来訪者がどうにも邪魔で――中には、遊んであそんでといわんばかりに、手や足にからみつく者までおり――扉の外に出ることすらできぬままに、


「ウサギさん。どこに?」


「コクウゾ。最強」


「ウサギさん。行く必要ない」


「コクウゾ。みんな殺す」


「ウサギさん。出番なし」


「ウサギさんは強い?」


「ウサギさんになる前は強かった?」


「今のウサギさん。最弱?」


いな、我の塔主こそ最弱」


「私の塔主様がその座を譲る訳ないじゃない」


「何を言うか。我があるじを差し置いて。『弱きこと羽虫の如く』の二つ名は伊達ではないぞ」


 その口げんかは、やがて罵詈雑言ばりぞうごん混じりとなり、更にはそれに留まらずの半ば乱闘騒ぎとなり、半ば逃げ半ば追い、来た時の何倍もそうぞうしく去って行った。


 そうして、我はといえば、再び座に戻った。老朽化した座がぎしりときしむ。それは魔物の骨製という悪趣味なものであり、無論、我が作らせたものではない。この塔ともどものお下がり品である。




 騒がしき声が遠ざかるに任せ、宵闇に包まれる魔都に降りなかった理由。


 一つには自らの魔道への懸念のゆえ。己はかつての如くの魔道を最早使えぬのではないか? 恐ろしくて、未だに試してさえおらぬ。


 それにコクウゾが助勢が必要と考えたのなら、我に声をかけようから。そもそも、今回は敵の本拠を探るためだけに動いておるのかもしれぬ。とすれば、この姿の我は人目を引くゆえ、却って邪魔をすることになる。


 そして何より我の手元にある一通の手紙が原因であった。それはかつて我が率いた魔道団からのものであった。懐かしさに包まれたのも、その封蝋を破るまでであった。


『裏切りは決して許されることはない。その罪は死をもってつぐなわなければならない』


 その中の一文である。我は目もくらむ想いであった。


 確かに仲間を捨て、コクウゾの招きに応じ、七塔主の座に就いたときも、やはり同様の敵意をむきだしにされた。しかし、あれからどれだけの時を経たというのか? かつて共に魔道団時代を過ごした者たちが、生きておるはずはない。果たして、この殺意は何代、受け継がれて来たのか?


 そしてある可能性に想い至ったのだ。もし塔主を殺したのが、かつての我の魔道団であったとしたら。我への殺意は時とともにふくらみ、今や他の塔主にまで向けられておるのではないか?


 正直、その者たちと手合わせしたくなかった。いくら裏切ったとはいえ。


 往時は、己の宿願がかなった後には――ネフェルタさえ倒せれば――その殺意に応え、それに殉じたいという心情はあった。それで仲間の心がいやされるならばと。ただ、ネフェルタを追って復活の法に入らざるを得ぬ我ゆえに、その機会は永久に来ぬものとあきらめておったが。

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