第27話  死の踊り子(後篇)

「おやおや。どうしたんだい? 今し方、ネフェルタ王は女を抱ける状態ではないと言わなかったかい。当然、私のお相手もできないさ。ならば、死の踊り子のにえとなることもない」


 ただ、相手は無理に手を伸ばそうとはしなかった。


「面白いお嬢ちゃんだね。どうだい? 弟子にならないかい?」


「弟子? 何で、私が?」


 いきどおりのままに答える。


「あんた。私の二つ名を知ってるかい?」


「もちろん。『死の踊り子』でしょう」


「ああ。とりあえずのがそれ。こっちの世界の俗物どもはそちらの方をお求めなんでね。でも、とっておきのがあるんだよ。こっちは本当は内緒なんだけどね。弟子になるなら、それを教えてあげるよ」


「弟子になどなりませんって言っているのに」


 それにかぶせるように告げられたは、


「『死の占い師』さ。名は体を表すって言葉があるだろう。こっちの方が、本当の私の能力を指しているんだよ。ただ、それはそんなに知られるべきことじゃないってことくらい、あんたにも分かるだろう。だから、伏せているのさ。

 特別に何か一つ、占ってあげるよ。大きな願いごとがあるなら、それを言ってみな。私の占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦どころか、百発百中さね」


(何? この人、ミアが占い好きってどこかで聞いて、それでこんなこと、言ってるのね。この人。絶対、詐欺師よ。忍者さんの姉というのも、全部、嘘に決まっている)


「必要ないです」


「おやおや。どうやら、お嬢ちゃんを怒らせてしまったようだね。頬をふくらませちゃって。可愛いったらありゃしない。でも、賢い選択だね。未来は知れるけど、私に貸しを一つ作ることになってしまう。そうしたら、私の奴隷さ。ああ、弟子ってのは奴隷のことだから。

 まあ、『死の踊り子』としては、女のあんた相手にこれ以上かまってもしようがないが、『死の占い師』としては面白みを感じざるを得ない。

 そもそも、何で、あんた風情がネフェルタ王の世話を焼いているのか? アンブロウズは何で、あんたに頼んだのかね? 一度しか会っていないのにね。 あんたの裏に何かいるのか? どこにでも顔を出す『時の王』か? あるいは、『はぐれ幻獣』どもか? お前はあの六天館の学者とずいぶん親しいようだのう。ならば、後者か?」


 そうして私を見つめるその眼は本来白い部分も黒く染まっておるようであり――天幕の中のあかりがとぼしいゆえか、あるいは、私の中の恐れが、そう見せておるのか、まるで、闇そのものに見つめられているようであった。


「ああ。心配するな。占わないって。私の占いってのは、強引にできないんだよ。そういう決まりなのさ。だから、あんたに許可を求めただろう。そうでなければ、何で、そんなことをする必要がある。勝手に占って、あんたを奴隷にすればよいだけのこと。

 今回は、ちょいとのぞくだけさ。あやふやな未来がかぎろうのをね。こんなものは占いとは呼べないものさ。何も、確定できないものだからね。どうしてもイヤなら、眼を閉じな。私もあきらめるよ」


 私はその言葉を信じたのだろうか? それとも、普段の私の占い好きが頭をもたげたか? 私はむしろ相手をにらんだ。


「なるほど。随分、強気なお嬢さんだこと。さてさて。何が見えるか」


 やがて向こうの方から眼をそらす。


「何が見えたの?」


「知りたいかい? 占ってやろうか?」


「イヤです。あなたの奴隷なんて」


「おお。失言。失言。どうやら、今日の私は不調らしい。あるいは、あんたと相性が悪いのか?私としたことが、言わずもがなのことまで言っておるらしい。正直者たらんとしたことなど一度もないのに。」


「未来が見えるの? ネフェルタ王は『幻獣の王』になれるの?」


「どうだろうね? ネフェルタ王が占ってと私に頼めば、知れるかもしれないね。ただ、そんなことにはならないだろうし、そもそも『幻獣の王』なんてものが絡んで来るとなると、私の力が及ぶか正直、自信が無いね。

 それに、楽しみは最後までとっておかなきゃね。ネフェルタ王が『幻獣の王』に。それも悪くないのかもしれないね。そうしたら、私を抱けるかもしれないね。『幻獣の王』に抱かれる。なんて素敵なこと。そうして、どんな睦言むつごとを聞かせてくれるのかしら」


 女は自らの想いに陶然としておったが、


「まあ、弟のまねをしてけちん坊を気取ってもつまらないさね。ウサギの顔が見えたよ。飼っているのかい?」


 私は首を振る。


「そうかい。何かの暗喩あんゆだろうか? あるいは、これから深く関わることになるのか。

 いずれにしろ、話を戻させてもらうよ。そのために、今日、ここに入ったんだからね。その首に触れたいんだ。私が首を絞めるんじゃないかと心配しているのかい。そんなことをしたら、未来の楽しみを自分で奪うことになってしまう。なら、するわけないだろう」


 私はそこで手を放した。ウサギ? その疑問が私の心を占める中、この女が次に何を言うのか、聞きたくなったのだ。その手の伸ばされた先にあるは王の首。殺すためでないなら? 私の疑問もそこにある。王の首にどうして体がついたのか」


「もしかして、忍者さんが体を付けたの?」


 女は手を伸ばし、ネフェルタ王の首元を優しくなでる。


「そうだよ。しかし、弟め。ずいぶん、うまくやったもんだ。見た目じゃ、ほとんど分からぬ傷。こうして、触るとようやくか。ふーむ」そこまで言い終えると、「弟子になりたかったら、いつでも歓迎だよ。お嬢さん」

 と最後に付け加え、天幕を去った。


 ただ私は見送ることもなかった。やるべきことがあった。急いでネフェルタ王の首を自らの手で確かめた。王が何をしておるのだとの目つきでこちらを睨んでいるような気がするのもかまわずに。


 確かにたどれた。首の周りを一巡りする薄くへこんだ跡が。

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