第24話

 つい二十日ばかり前のこと。


 目覚まし道師のティクタクは妙に色っぽい女に誘われた。半裸に近い格好の女だ。といっても、その手のお楽しみにではなかった。そのような誘いでも嬉しくはあったろうが、彼女のお誘いの中身はそれを上回るものであった。


 何とネフェルタ様を魔都へ導く者たちを集めておるゆえ、もし、その気があれば、その資格があるか検討したいので、お主のことを聞かせてくれという。


 この女が言っておるのは、今や伝説と化しておる童歌わらべうた――そこにて歌われておること――ネフェルタ王の復活後、王を護持して魔都へと導く十二行のことのはず。


 それについては聞き飽きたというほどであった。己の生まれた地の近辺に留まらず、かつて赴いたことのあるほとんどの町村にて――それらはいわゆるいにしえの東方大湿原の諸都市の名残であったのだが――流布しておった。


 ティクタクは、得たりとばかりに、その信じる目覚まし道について、想いの丈というより、想い込みの丈をたっぷり混ぜ合わせて述べ立てた。


 他人にこれを語るのは初めてではない。むしろ、至るところで、誰彼かまわず、この話をして来た。恐らく、それが己を有名にし、この者をして誘わせるに至ったのだろう。


 己自身、夢見て来た、否、そうなるものと決め込んでいたと言った方が良いかもしれぬ。あげく、己はそうなるためにこそ生まれて来たのだ。ここでもやはりその信じるところのもの、その根拠を述べ立て、とにかく己を売り込んだ。


 そしたら、何と、十二行入りを認めるという。この女は始終、艶福と言っても良い笑みを浮かべておった。しかしその二つ名はそれに似合わずのところ、死の踊り子であると告げて来た。ならば、色事いろごとに誘われなかったのは、それこそ幸運というべきであろう。もし、己が目覚まし道師として高名でなければ、そちらの獲物となっておるかもしれぬと、多少は肝を冷やした。


 ただ、このときの彼にとっては、そんなことは些事に過ぎず。彼は大喜びで女に従い、その仲間のところへ向かう。


 そこでとても驚くことになる。信じられぬことに、彼に劣らずの喜びようで、迎えてくれたのであった。こんなに歓迎されるとは想ってもみなかったのである。


 そもそも、強引に己を売り込むを常とする。ただ、そこに多少なりとも鼻白むところがなかった訳ではない。やり過ぎるのが、いつもの自分の悪い癖である。といって、こう反省するのも、また、いつものことであったが。


 ところがであった。皆、笑顔で迎えてくれた。陽気に迎えてくれた。

 

 なかには、そうではない者もいた。しかし、それは、彼を歓迎しないゆえというより、そもそも笑顔や陽気さとは無縁な人たちのようであり、全体としては明らかに歓迎ムードであった。


 己の人生で、これほど、他人に暖かい歓待を受けたことはなかった。それどころか、物心ついてから、自分は嫌われ、疎まれることの方が圧倒的に多かった。ゆえに、いっそのことと、これほど強引な質となったのだが。


 「己は改めねばなりますまい。少なくとも、あなた方には。このように暖かく迎えてくれる方々に対しては」


 そのように涙ながらに、十二行に感謝を述べたのであった。


 もっとも、そうされた方は方で、苦笑せざるを得なかった。そう、迎え入れた者たちが、「これで、やっと、九行がそろった」「さあ、もう少しで王の復活ぞ」と口に出す如く、ことさらに彼らがティクタクに親切であり優しかったというより、まさに十二行のそろいに一歩より近付き、それで喜んだというのが実情であったのである。


 ただ、己の勘違いゆえとはいえ、この状況はティクタクにとっても不快なはずはなかったが。




 にもかかわらず、ここのところの彼は――仲間として受け入れてくれた十二行とともに魔都に向かっておりながら――すっかり憂愁に囚われておった。なぜなら、彼が何もなさぬままに、王が復活してしまったから。目覚まし道とは、復活の目覚め、そこにおいて極めて重要な役割を果たすはずであったが。


 そして己の代わりにそれを成し遂げたのが死人使いであった。果たして、あの者は何者なのか? 死人使いなど、童歌には出て来なかったはずだが。

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