第18話

 月光を受け、それは浮かんでおった。その下から脊髄としか想えぬものが垂れ下がっておる。そして、ゆっくりとまぶたが開いて行く。血走った白目の中の瞳は、月光を反射してか、黄金色に照り映えておった。


 そればかりか、風にあおられてなのか、ふわりとこちらにただよって来る。

 

そうして、何と私の肩に止まった。まるで小鳥さんの如くに。私はといえば、想いっきり叫んでいるのだが、かすれ声しか出ない。恐怖は去らず、むしろ降り積もる。


 首のぬしは嬉しげな表情で、何かを告げる気なのか、口を開こうとする。見るまでもなく、その内は膿み腐れておるはずであり、ついに私の感情は極限に達した。


 ただ、そのおかげで目が覚めた。


 そうして、隣には私に劣らず、驚きのあまりの引きつった少女の顔があった。どうやら、こちらでは大声を出しておったらしい。


「ゴメン。ゴメン」


 緑木りょくぼくであった。五虫の魔道師の一人である。


 私はこの一日で彼女と仲良くなったのだった。見るともなく見ていると、どうも仲間内でケンカをしたらしく、居づらくなって、私にちょっかいをかけてきたという感じであった。


 類は友を呼ぶというか、同類相哀れむというか、話し相手を切実に求めておる私の心が伝わったのかもしれない。


 青鬼さんがおるとはいえ、相手は六天の学者さん。そうそうくだらない――それでも気を落ち着かせてくれるであろうはずの――おしゃべりに付き合わす訳にもいかない。


 そして私は仕事柄、子供の世話はお手の物であった。赤ん坊には、大体、お姉ちゃんやお兄ちゃんがいるものであり、一緒に預かることもしばしばであったから。そして、赤ん坊の方は揺りかごに入れておけば、それほどの手間とはならず、お兄ちゃんやお姉ちゃんの方が手がかかる、なんてこともしばしば。


 それで、二人して木に背を預けて座り、肩を貸して話しているうちに、睡魔にとらわれ、寝入ってしまったようだった。日はまだ高く、おそらく長くは寝ていまい。


 私は驚かしたお詫びに緑木の髪を、今、魔都ではやっている形に結ってあげた。頭の左右に二つお団子がのる奴だ。


 そして、そのお礼ということらしい、今度は彼女が魔道を見せてくれた。その可愛らしい手指を結んで印を形作り、聞こえるか聞こえないかの声で何ごとかを唱える。


 すると、地面からニョキニョキと小さな芽が顔を出した。そうして、彼女はこちらを向き、へへと笑顔を輝かせる。


「おお。すごい。すごい。魔都から遠いここで、それだけできるならたいしたもんだ」


「魔都なら、もっとできるかな」


「もちろん、できるさ」

 と私は請け負う。


「魔都に近付くほどに魔気は増すからね。緑木もその恩恵を受けられるよ」


「楽しみだな。憧れていたの。ずっといつか行きたいと」


「まあ、どれだけ魔道に変えられるかは、人それぞれ。魔都の魔気は膨大すぎて、これを全て活用できる者はいないとされる」


 私は得意げにそう付け加えた。もっとも、これは全て受け売りであったが。


「でも、木の魔道なんだね。そうか、それで、その名前なんだね」


「魔道に詳しいの?」


「私を舐めちゃ、いけないぜ。これでも、アンブロウズ派に属するんだから。魔都で一番いい魔道派だよ。そうそう。魔道の話だったね。魔気の大本は火と水とかみなり。なので、魔道もまたこれらを根本とすると考えられている」


「木は根本じゃないの?」


 緑木は少し悲しそうな顔をする。


「でも、大事な魔道だよ。特にこの乾いた地ではね。水の魔道の使い手がいたとしても、芽が出なければ、食べ物が育たない」


 緑木は嬉しげな顔を見せてくれた。


「お姉さんの魔道は?」


「おお。お姉さんなんて嬉しい呼び方をしてくれるじゃない」魔都のガキは二十歳はたちをちょっと過ぎた私をおばさんなんて呼ぶのだ。「私のは、これ」


 そう言って、側らの揺りかごを見せる。


 緑木は困った顔となる。


「はは。緑木が入るには小さすぎるね。赤ん坊用だよ」


 そんな語らいの中、ふと向こうを見やると、相変わらず忍者さんが、十二行の男手の何人かとともに、地を掘り返していた。鈴鳴り虫が一番大きく鳴ったところだ。青鬼さんが加わっているのは、早く見たいからだろうか?




 そうして、その日の夕刻、準備が整ったとのことで、皆して――つまり、十二行の面々で――囲む。土の掘り返しは済み、さらには棺桶の扉は開けられたようだった。私は一番遠いところにおった。


 墓穴のすぐ近くに陣取る青鬼さんは、一緒に見ようということなのか――確かに、かつての魔都の王の復活となれば世紀の見物かもしれない――しばらく手招きしておったが、私はかたくなに一歩たりとも近付こうとはしなかった。


 私は心の中で念じざるを得ない。昼のこともあってだ。あの夢だ。


 体が生えてますように。そう願いつつ印を組む。一度も成功したことがないのに。


 死人使いの声のみが聞こえる。

 

 イヤだよう。

 

 体付きで出て来て。

 

 体よ!


 生えろ!


 やがて死人使いが墓穴にかがみ込み、ゆえに見えなくなる。


 そうして、首を・・・・・・。


 あれれ。


 体があった。


 もしかして、私の魔道が効いちゃった?


 私って、できる女?


 ホントに?

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