第13話

 私の名前はミア。


 幼い頃より気付いておったが、世の中には何かと恐ろしいことが転がっており、なるだけ、それに近付かぬようにして生きて来たのであったが。そして、その恐ろしきことが近付いて来ませんようにと、幻獣の王にお祈りするのを、朝課としておったのだが。


 そんな私へと、向こうから、黒ずくめの男が近付いて来ておった。頭にさえ黒覆面をかぶり、目だけをあらわにしておった。闇そのものが姿をなした如くである。隊商の者たちが道を開けるのは、異様な装束ゆえのみではないだろう。それに包まれて、なお抑えがたい体のいかつさのゆえということは、想像にかたくない。


 私も逃げたくなる。といって、理由は異なる。あたしが避けたいのは、その男ではなく、その男と共になすよう命じられた任務の方だ。




 過日かじつあるじたるアンブロウズ様に呼ばれての直々の命であった。そんなこと、滅多にあることじゃない。というより、初めてのことであった。


 アンブロウズ派は魔都で勢力争いを繰り返す魔道諸派の中でも最大を誇る。また最も組織だっておるということでも有名であった。なので、私にも、上司兼世話役とも呼べる女親分がおり、その方から命を受けるを常としておったのだが。


 それがである。


 そもそも私はたいした魔道は使えない。それでも、二つ名たる『揺りかごの女』の方が通りが良い。それが示すごとく、私は魔具たる『揺りかご』を用いて、赤ん坊を運ぶ。その中では、どんな、むずがり屋の赤ん坊でもスヤスヤ。たまに目を覚ましても、ご機嫌。更には、快適な温度が保たれ、ミルク要らずで栄養補給までできる。おしめを替えることはできないんだけど、それは私ができる。


 そして私ができるのは、そんなもん。


 そんな私は、おっかなびっくり、地下宮の奧にある、アンブロウズ様の執務室に初めて赴いた。そして、私はその命を聞いた。


 運ぶべきは、首だという。そして決して他言無用とのこと。


 他言無用はいいとして――だからこそ、直接呼ばれたのだろうから――ただ運ぶものについては、聞き間違いと想い、失礼をかえりみず聞き返した。ただ、やはり首であるという。しかも大人の。


 私はあまりのことに、ただただ驚いた。



 そして時が経つにつれ、恐ろしさの方が増して行き、今となってはただただ恐ろしい。本当に逃げ出したい。


 ただ大恩あるアンブロウズ様である。これまで、直接の関わりは無かったとはいえ、少女のときに二親ふたおやを亡くし飢え死にしかけておった私を拾い、育ててくれたのはアンブロウズ派の施療院。その運営は、『魔都の人々に安寧を』との、アンブロウズ様の治政の方針に従ってのものと聞いておった。


 そしてアンブロウズ様は過日、細かい指示もされておった。私はそれに従って、 今まで動いて来た。まず、私は自派の隊商に混ざり、合流地近くに向かった。そこは魔都の南にあり、街道沿いにいくつもの宿駅を経たところにあった。


 今、近付いて来る方についてもアンブロウズ様から聞いておった。忍者を迎えにやる。そなたの護衛のためだと。そして、この後は彼の命に従えとも。 

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