第11話 第1章終話

 俺もじっちゃんも万丸さんも天空峡を歩き回り、そしてたまに出会っても、互いにろくに口もかず、目の前の謎に戻った。そうやって数日をかけて、小さな島ほどの広さを、ほぼほぼ歩き尽くした。


 それとはまったく関係なく分かったことが一つ。天空峡それ自体も変形しておるということ。


 その数日の間に巨大な壁が徐々にせり出して来ておった。


 また、とある朝には、俺が目を覚ました時に、へり近くで寝ていることに気付き、落ちてはならねえと慌てて戻る始末であった。縁からずいぶんと離れて眠っておったはずだが。いくら寝相が悪くてもそんなことにはならねえはずということで、寝ている間に大地が移動したとしか想えなかった。


「恐らく天空峡の大地は、一体ではない。複数の部分で構成されておる。果たして、それが指折り数えれば済むのか、それどころではないのかは分からぬが。そしてそれら各々が互いに位置を変える、終わりなき運動の中にある。

 どう? 私の推論。惚れ直した?」


 謎に囲まれ、すこぶる上機嫌な万丸さんがそう説明してくれた。




 そして探索の果てに見出したものは一つだけ。珠であった。それもまたツチノコと同じ表面をしておった


 ここで予想外のことが起きた。それまで喜びにあふれ飛んでおったあの朱雀。舞い降りて来て、これに乗っかり動かぬのだ。


 いやいや、お前の卵じゃないだろう。そうぼやきつつ、何とかどかそうとするが、またまた翼を広げて威嚇の様だ。仕方ないから、こいつを乗せたままツチノコまで持ち帰る。




 ツチノコは今度は逆向きに――それを尻と呼んでいいのか分からぬが、そちらを先頭にして、再び航路を進み出した。


 いよいよ竜泉郷に向かうのだった。亀大老のじっちゃんによれば、ツチノコお気に入り試験をもう一度行う必要はなく、あとはわしに任せておれということだった。




 天空峡がどうしてあのような造りになっておるのか? その謎は解けぬままであった。答えを得られるかもしれぬとして、唯一浮かんだのは、暗視堂様であった。数代の竜王に仕えたという半ば伝説の四海冥樹ではあれ、奇妙奇天烈な竜族の歴史――この星の外から来たとの――を語るお方でもあった。


 それは、竜族の祖先からの伝承とはまったく異なる。そして、それゆえにであろう、敬して遠ざけるといった扱いとなっておるようだった。俺のみでなく、会うを禁じられておった。例外は、四海冥樹と竜王のみ。


 俺は不思議に想っておった。どうして――嘘っぱちの――異端の――どうかしている――いずれも俺が実際に聞いた評判である――歴史を言いつのるようなお方が、なお四海冥樹の座に留まるを得るのか。


 ただ、天空峡のこの様を見たなら、むしろ、その暗視堂様の語る歴史が正しいと想えるのかもしれぬ。今の竜王が俺の如く珠を求めて天空峡に来たとしても不思議ではなかった。


 そもそも竜族の祖先を調べるうちに、是非会いたいと想い始めておったお方でもある。これは会わなきゃならねえ。でも、そうするためには、俺は竜王にならねばならねえということか。




 円がそうした物想いの果てに眠りに落ちた後、そしてやはり探索で疲れ果てたのだろう、亀大老が高いびきをかき、万丸がフンフンとの楽しそうな鼻歌交じりの寝息を立てる中。


 珠を守る朱雀のかたわら、まるでいにしえからある置物の如く並んで立つは、一人の少女。

 

 開け放した前扉より入り込む風に黒髪をゆらめかせ、天空峡の姿をその黒瞳に写す。そして柔らかな笑みをたたえつつ、その耳障りな声でつぶやく。


「時の王の本拠たる七元多夜に攻め入り、我らは却って驚くこととなった。そこでは、まさに手がかり、足がかりを得ることができたのだ。つまり、触れることができたのだ。

 これは、我らの成り立ちの根本――この世のものに関わり得ぬ存在たる我ら。それゆえにこそ、我らは自らをまぼろしけものと呼ぶのであるが――その根本に反しておったゆえに」


   (竜の試練篇 第1章 終わり)




 ここまでお読みくださりありがとうございます。次話より舞台をがらりと変え、『魔都』篇が始まります。およそ10日(+α)ほどのお時間をいただき、再開したいと想っております。引き続きお楽しみいただければと存じます。

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