第10話

 下を見ると、目がくらみ、手足が震えそうになる。故郷では空を飛べるとはいえ、これほどの高みにのぼることはない。


 およそ竜泉郷の中央に王宮を構える竜王――その竜王が加護の力の源ゆえ、飛べるのだという、竜権論が流布され信じられておったが。


 しかし四海冥樹たるじっちゃんによれば、飛ぶためには、大気中の水分が重要とのこと。竜泉郷の過剰な水気こそが、加護の力の源であると。また、それゆえに、厚く垂れ込めた雲が自ずと至れる高さの限界となると。


 かつてのこと、それを聞いた俺は、雲の上に行こうとしたが、それができたことはなかった。




 そして前を見れば、いびつなる天空峡。


 これだけ近付いてみれば、静謐せいひつなる美しさをたたえたどころではなく――そこには幾本もの航路が乱雑に連結されており――生き物がはらわたをひきずっておるが如くの、生へのまがまがしき執着を想わせた。あるいは、むしろ、天空峡からはらわたが生じたとさえ見えた。


 そして決して似ている訳ではないが、あのツチノコが見せてくれた竜族と亀車族をくっつけたごとくの存在――万丸さんが玄武と呼ぶ存在――を連想せざるを得なかった。


 恐らく、これらは全て誤った印象に違いない。天空峡は、これら航路を足場にすることにより、この虚空にあるを得るのだろうから。


 航路はその先端を天空峡に突っ込んで終わりとなっており、俺たちは、ツチノコの前部より、そこへ降り立った。航路が斜め上へ傾いておったので、出るのに少し苦労しながらも。


 そこで待ち構えていたものとは。


 何だろう。これは?


 呆気に取られざるを得なかった。こんなものは見たことがなかった。否、これに近いものは一度見たことがあった。あのツチノコの虹色の表面。


 ただ、規模がまったく異なる。


 あすこで見たのは、虫眼鏡越しにようやく個々が判別できる大きさ。しかし、ここではそれが己の数倍、数十倍ほどのものとなっておる。


 それらが天空峡の大地――そう呼んで良ければだが――の上で、もそもそと動きつつ、形状を変えておるのだ。球や立方体、三角錐や、何とも形容しがたい形状へと。


 俺は何らかの答えを求めて、じっちゃん、そして万丸さんの顔を見るが、やはり呆けた顔がそこにあった。尋ねるまでもなく、何が何だか分からねえとの答えがそこにあった。


 ただ一名のみ例外がおった。あの朱雀である。キエーッという甲高かんだかい鳴き声を上げて、我が物顔に虚空を飛んでおった。


「俺と同じ。故郷ゆえに飛べるのだな」


 ただ一つ理屈の通りそうなことを見出し、それにすがりつくが如く、俺はつぶやいた。無論、ここでの加護の力の源など、俺には知り得ようもなかったが。

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