第8話

 出発当日の朝。春近しとはいえ、風が吹けば手足が震える寒さであった。まず、ツチノコ――亀車族は乗り物をこう呼んでおり、俺も、それにならうことにした――を航路まで運ぶ必要があった。


 亀大老のじっちゃんによれば、ツチノコは上部に風を受ける帆を付ければ自走可能であるという。ただ、残念ながら、風が合わぬ。それで、近所の力自慢数名に声をかけ、引っ張ってもらうことにしたとのこと。


 ならば、是非にもと俺も加えてもらった。ツチノコにつなげた2本の縄、その各々の先端を輪にして左右の肩に通す。速くは走れぬし、美しくもないが、力なら負けぬと勢い込んでのぞんだのであった。


 すると、まさに肩すかしという如くに、するすると進んだ。そう、下部に車輪が付いておるおかげであった。


 なら、俺はのんびり……とはならなかった。


 何せ、並んで引く者たちが張り切るせいで、後ろからツチノコが迫って来るのだ。俺の尻尾が車輪にひかれたら、どうなる? 平べったい尻尾なんてものはご免こうむる。


 そういえば、じっちゃんが、俺は押した方がいいんじゃないかと助言らしきものをしておった。それをいなと断固拒み、引くのを選んだのはまさに俺なのだが。じっちゃん、なぜ、しっかりと説得してくれなかった! 


 それでも、航路に着く頃には、疲れがたまっておった。ただ、それも心地よいものには留まってくれたが。


 航路は途中部分を切断している。そこのところに、回転する円板が設けられており、俺たちは、その上まで引き上げる。


 そこでじっちゃんたちと共に、俺は先に航路の中に入り、再び引く。すると、ツチノコは九十度ほど回り、後に続く態勢となる。他の手伝いの者が後ろから押してくれている。車輪は車体に収納した。ツチノコの車体と航路の出入り口がほぼ同じ大きさであったゆえだ。


 そうして、入れてみると、その表面が様々な色にキラキラと輝き始めた。これが、竜族が虹船と呼ぶ理由であるは明らかであった。ただ、それのみではない。その虹色が車体全面にわたって移ろっておった。


 何だろうと想い、俺は、自らの短い手を伸ばして、頭を触って見る。


 うひっ、想わず声が出た。手も慌てて引っ込める。


 くすぐられたのだ。


 それを側らで見ておった者が


「待ってて。虫メガネを持って来る」


 そうして再び戻って来ると、


「へへっ。私のご自慢の七つ道具の一つ。なんてね。そんなにたいしたものじゃないんだけど」


 と、上機嫌にそれを手渡して来る。


 そう、このツチノコにはもう一人乗り込んでおった。亀大老のじっちゃんの女弟子だ。本人いわく、なにがしかを手に入れるために師匠の下を離れておったという。


 そうして、俺が表面をのぞいてみると、何か、小さな有象無象うぞうむぞうがモリモリと動いておった。そればかりか、その一つ一つが形を変えておった。球から立方体、そして三角錐や円錐形と、加えて何とも形容しがたい摩訶不思議な形状へと。


 更に船に変化が起こっておった。後方部分、俺がその魂と会見した部屋あたりがプクーとばかりにふくれだし、航路の内壁との隙間を埋めた。


 じっちゃんにうながされ、俺たちはツチノコの前部の扉から中に入った。




 旅立ちは順調であった。ツチノコは航路――透明なチューブの中を進んでおった。開け放したままの扉から頭を出してのぞいてみれば、はるかな眼下に赤茶けた大地が広がる。我らは亀車族の地の上空におった。


 そして未だ遠方にあるとはいえ、天空峡は徐々にその形を大きくしておった。というか、そんな気がする。少なくとも、ツチノコの頭はそっち側に向いておった。ということは、あいつ、朱雀の奴もツチノコに気に入られたということである。竜泉郷の方向とはずれており、遠ざかる方向であったのは残念だったが。


 チューブも乗り物も、それぞれ後に改造が加えられておる。とはいえ、そもそも造ったのは竜族ではない。亀車族でもないことは、亀大老のじっちゃんに確認済みであった。


 ときどき、チューブは枝分かれする如く、二股あるいは三叉さんさに分かれたり、上下、左右より連結したりしておった。そうした岐路にても、ツチノコは迷うことなく、進み行く。

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