第7話

 俺が亀車族の食い物の水気の無さに顔をしかめておるときのことであった。竜族も野菜を食わぬ訳ではないが、これって枯れ草じゃないかと、正直言えば、こんなの食い物じゃねえと想わざるを得ぬ。


「相棒よ。そなたの故郷に戻る前に、パタパタの故郷に寄りたいんだが」


 俺は居候を始めてからの習いで、食事も亀大老のじっちゃんの世話になっておった。今朝も今朝とて、その家の一室に赴いたのだった。そこで、食事をともにする亀大老のじっちゃんの問いであった。


「いいよ。その方が俺にとっても都合が好い。天空峡には珠があるかもしれないからね」


「珠を集めるのかい? 竜王にはなる気がないと言ってなかったか?」


「なる気がないんじゃなく、なれないんだよ。俺が選ばれる訳ないよ。何せ、俺を応援してくれるのはじっちゃんだけ。そのじっちゃんの手紙には、戻る途中で珠を集めて来いって書いてあった。そういう訳さ。じっちゃんの気持ちにはこたえたいんだ」


「なるほどのう」


 そして、やはり居候の身であるそいつは――枯れ草の方には見向きもせず――いつもの如く俺たちの側らでパタパタしておった。要は、翼を懸命に羽ばたかせておるのだ。俺たちのやり取りを聞いたゆえか、いつも以上に激しいと感じる。


 しかし、飛び立つどころか、床から足が離れおるかさえ疑わしい。そのはばたく羽から舞い散る朱の羽のみが、しばし滞空を許される。その様は炎が舞うようでもあり、見とれるほどに美しかったが、他方でその必死さに悲しくなって来る。何にしろ、古詩にて鳥類の王と称えられる伝説の朱雀であるとは、とても想えねえ。


 しかし、俺には単純にそいつを哀れな奴とさげすむことはできなかった。俺もまた然りであった。竜泉郷では自在に飛ぶことができた俺もまた地を這う者と成り果てておったゆえに。ならば、こいつも天空峡に戻れば優雅に空を舞うことができるのやもしれぬ。


 そうやって、俺がそいつに親愛の情――同じ境遇にある者ゆえこそ抱く情――をもって眺めていると。羽ばたきを止め、いきなり翼を大きく開き、まさに威嚇して来る。


 こいつは俺を敵視すること、はなはだしく、いつもケンカ腰であった。そうさせるような何かをした憶えはまったく無いのだが。


 そして最後に一際大きく叫ぶ。耳をつんざくが如き声で。


 こうなると俺はひたすら困り顔をするしかなかったが。

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