第5話

 数日後のこと。相も変わらず、この亀車国は雲一つ無いピーカン照り続きであった。


 待っておる円。何に反応しておるのか、ヒゲがヒリツいて、痛いくらいだった。そして、とんでもなく暗い。


 案内された先は、乗り物の中のはずだったが。これに乗って帰る予定だった。ただ、乗ってしまえば、帰れるという訳ではないとのこと。どうやら、今からやろうとすることを成功させなければならないらしい。


 ただ、亀大老のじっちゃん。あんまり親切には教えてくれない。いや、それどころか、『やってみるしかないんだ。これは。後は相棒が、アレの魂に気に入られるかどうかだから」と、まさにこれだけである。


 帰るには、航路を進む必要がある。とすると、これは竜泉郷の『虹船にじぶね』に相当するものということになる。ただ、形は随分と違う。自分たちの姿に似せたという訳ではないだろうが、車輪まで付いている。恐らく、航路を外れて陸上を走るなら、この方が便利ということなのだろう。


 俺は虹船に一度だけ乗ったことがある。ただ、それは追放の際、まさにこの亀車国まで送られたのだが。ほぼほぼ虜囚りょしゅう扱いであり、船の中を自由に動けた訳ではない。だから、実のところ、虹船のことも良く知らねえ。


 冬とはいえ、昼日中ひるひなかのまばゆい陽の下に最前までおったのだ。そこからいきなり入ったからだろうか? そう想うも、いつまで待っても、おぼろにさえ見えて来ねえ。相変わらず、目の前はもとより、周りすべて闇だ。わざと塞いでいるんだろう。でも、何のためだ? 


 生まれる前の無明むみょうの世界とはこんな感じだろうか? 亡くなったおっかあは、よく俺を叱ったものだ。『このアホタレ。そんなことばかりしていると、無明の世界へ連れ戻されちまうよ』と。すると、幼いときの様々な想い出が心に満ちて、なぜか涙がにじんで来やがる。

 

 入り口から入って、階段を数段降りただけだ。入る前に見たところでは、ほぼ球体であり、下部は乗り物本体に接合されている。そして、乗り物のほぼ最後部に設けてあった。これの前にあるこんもり盛り上がったところ――旅の間はあそこで過ごすんだと教えられた――とは別の独立した造りとなっていた。


 不意に出た。

 ビックリだ。

 不思議だ。

 でも、目は釘付けだ。

 なんで、光もないのにくっきりと見えるんだ?

 次から次へと現れては消える。


 亀車族がほとんど。亀大老のじっちゃんに似ているのもいた。やはり鼻の頭に傷があったのだ。ただ、ずいぶんと若かったけど。中には、竜族と亀車族を乱暴にくっつけたようなものまでおった。何だろう、あれは。


 そしてやがて。何か黄金色にピカピカした奴、来たぞ。長すぎる胴体と短い手足。そして頭上の角はもとより、ひょろヒゲまで。これって、竜族じゃあねえか。それに、色は俺と同じ。そればかりか、ピクピクとひりついてはおらぬとはいえ、一方が極端に短いのまで、己と同じ。ようは俺じゃあねえか。


 ただ、いつも鏡で見ているのとは、逆側だ? とすると、俺じゃあねえのか。いや、単にこれが鏡ではないというだけか?


 そうだ。そもそも亀車族などの姿が見えてたんだから、鏡のはずがねえ。


 俺は、似姿が消えた後、手探りで外に出た。そして、亀大老のじっちゃんに、じっちゃんそっくりの奴もいたぞ、最後に俺の姿が見えたと報告すると、


「ふむふむ。これでどうやらそなたの故郷へ旅立つことができそうじゃ」

 とのことであった。

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