第2話
ずりずりと尻尾が地を
といって、『
ゆえに仕方ない。
曇天のゆえに、陽光はおぼろで、雨が降ったり降らなかったりの、はっきりしない中での帰途であった。
なるべく草のないところを進む。そうしないと、あの虫とかいう奴と出会い
私のお隣の方は、むしろ、それが好物らしく
そんなこんなの中、そのお方曰く、
「知り得ぬものは知り得ぬ」
と、何ともつれない。実は同じ問いをすでに何度かしておった。そしてやはり同じ答えが返って来たのだった。なので、これも予想の
そもそも共に
ただ、こたびはそうではない。もちろん、駄々をこねる必要も無ければ泣きわめく必要も無い。何せ相手は去ることができぬ。どうあったって、今、しばらくは共に進まねばならぬ。
これは私に利ありである。
ふふふ。
私がその後も何度も聞くので、
それはこの伽藍世界の唯一の真理とみなされるも、同時に未だ多くの謎に包まれておった。ゆえに、そのことについて、確証もなきことを述べることは、間違いどころか、罪であるとさえされておった。
「それほどに知りたいか。そうじゃな。我もこれほど年老いては、いつお迎えが来るか分からぬ。この機会を逃しては」
「いえ。そんなことは・・・」
そう言ってから、後悔する。もしかすると、あまりの私のしつこさに
果たして、こちらの気持ちが伝わったのか、空影様は苦笑いを浮かべた後、言葉を続けてくれた。
「恐らく六というのが重要な数字だというのは、我もまた考えること。この世界の根本的なものを六が構成しておるのだろう。それが何かは残念ながら、やはり知らぬ」
今度は、何かを言うのをぐっとこらえた。やればできるぞ。私。
「そして、折角の機会だ。そなたとのつき合いも長いし、我の親友の弟子でもあるしな。あの世で文句を言われても困る。『六の
まず、星天の運行。これに何か関わりがあるとの説はある。ただ、具体的なところは何も見出されておらぬ。先日、確認した六宮と六惑星の合一であるが、これもまた六度繰り返される訳ではない、一度きりのこと。子々孫々に渡っての観察結果だ。
もう一つは、幻獣の王自身が六巡りするという説。ただ、これもその『巡り』の内実、それが変化なのか、成長なのか、それとも単純な繰り返しなのか、それすら
それを聞いた私は、とても残念そうな顔をしておったのだろう。ゆえに、呵々大笑された後、こう言われる始末であった。
「当てが外れたようだのう」
やはり教えてくれぬのかと想うも、
大きく異なるのは師の系統。四海冥樹は相伝制であり、師からただ一人の弟子へと引き継がれる。そして、先代は後代へ全てを伝える。ゆえに、そこに期待したのだが。
「一つだけ確かなのは、その六の巡りがただの時間の経過――それが何百年であれ何千年であれ――ではないということだ」
「はい。それは私も存じております」
「ふと想ったのですが。『六の巡り』とは、六つの異なる時、その経巡りではないでしょうか」
「うむ。そうかもしれぬ。このように語り合っておると、様々な考えが沸いて出て来る。若かりしとき、そなたの師と語り明かした夜は数知れぬ」
「そうですか。残念ながら、師から『六の巡り』について聞いたことはありません。そもそも、私は師と『幻獣の王』についてまともに話したことさえありませぬ」
「あれは早く死にすぎたからのう」
想わず二名とも沈黙してしまう。やはり空影様も師へとその想いを馳せざるを得ぬようであった。しばしのち、
「あの件の答えは出たか?」
幻獣の王の話と師の想い出に心奪われていたせいで、すぐに想い浮かばず、私は不審の念に包まれる。
「ほれ。ほれ。あの件じゃ」
決して忘れていた訳では無い。しかしあまり考えたくない事柄であったので、心の隅に追いやっていたのだ。
確かに今回の出発の前、弟子にならぬかと誘われておった。無論、異論は無いし、禁じられてもおらぬ。四海冥樹の歴史にても類例の無いことではない。
ただ、今、それを受け入れることは、次の竜の試練にて、空影様の推す者を私も推すことを意味する。
あの者を推せるか? あの者の補佐を務めることができるか?
すぐにうなずくことはできなかった。また実際、空影様には言われておった。『案ずるな。そなたを丸め込もうというのではない』と。
正直、分からぬ。本当に丸め込もうという意思が無いのか? 自らの推す者を竜王としたいがための提案ではないのか? 空影様はどこか底が知れぬとの想いが、私の内にはある。それは師匠と年が近いというのもあろうし、師匠が亡くなったのちは、まさにその代わりとなってくれたというのもあろう。
ただ、これまでの来し方を想えば、空影様の提案は至極まっとうなものだ。
しかし、他方で、あの者、いわく付きのあの者を私が推せるかとなると・・・。
私がなかなか返事せぬのをみかねてか、
「アレのなしたことが気になるか? まさに知りたきゆえよ。そなたが我に尋ねる理由と何ら変わらぬ。もし、それが原因で、そなたがうなずかぬとしたら、そのとき初めて我はあれを叱るべきとなろうが。
しかし知ろうと欲すべきだと、我は想うのだ。それはやがて『大いなる知』へとつながろうゆえに」
「『大いなる知』とは、何でしょう?」
「いかん。いかん。そなたが随分と神妙に聞いてくれるゆえ、ついつい調子に乗ってしゃべり過ぎたようだ。アレならば、我が何かひとこと言うたびに、十は尋ね返して来る」
ここで私の様子を確認して、次の如く続けた。
「まあ、今はそれは良いわな。そして、ここからは、我の
我らはついつい考え込んでしまう。何のために生きておるのか? 何故、存在しておるのか? しかし、それもまた王の意思を知れば、新たなるところが開かれるのではないか?
そして、我のこれまでの考えを、どのような想いで見ることになるのか? 果たしてくだらぬバカバカしいものと想えるのか、それとも未だ何らかの意義を保っておるのか? そして、それにより、我の思考はいかなる変化を迫られるのか?
幻獣王の意思、それを知ることが、最終的な答えを与えてくれるのではないかと、そう夢想せざるを得ぬのだよ。それを想うと楽しくてな。眠れなくなってしまうのだ」
空影様は、自ら言われるように、本当にどうにかしてしまったのであろうか? あるいは、まさに戯れ言に過ぎず、単に私をからかっておられるのだろうか?
ただ、空影様の言葉に心惹かれることも事実であった。無論、幻獣の王が我らと同じく意思を持つというバカげた考えの方ではない。そんなことはあろうはずはないのだ。王が『
しかし、果たして、それがどんなに愚かしく想える考えだとしてもである。検証もせずに、そう断じてよいものか?
亡き師の言葉が想い浮かぶ。
『そなたは論理に支配され過ぎておる。それでは、ときに本質を見失おう。直観の方が正しいこともある』
そうであろうか? やはり、分からぬ。ただ、あの者と組めば、未だ至れぬ知――空影様の言われる『大いなる知』に至れるとするなら、応じても良いのでないか。例え、空影様が自らの推す者を竜王にしたい、ただその一心で私を誘っておるとしても。
ええい。分からぬことは聞いてみろだ。
「空影様はそうまでして、お孫さんを竜王にしたいのですか?」
恐らく心の動揺そのままに、私の鼻は大きく広がり、ヒゲはピクピクと激しく動いておったろう。しかし、そんなことを恥ずかしがっている場合ではない。
「我も憎んでおるのよ。アレが、我の孫として生まれたことを。しかし、誰ぞに文句を言える。アレにか。アレが望んだ訳ではない。なら、我自身を責めるべきか? ただ身びいきを無くしても、我に非は無かろう。
たまたま、次の竜王と見込んだ者が、孫であったというに過ぎぬ。ただ、アレを推せば、誰しもそなたのように疑いを持つ。無論、そのことは我も承知しておる。それでもなお我が推すのは何ゆえか。そこまで想いを至らせてくれる者はおらぬようだが」
そうして私は想い出すことになる。空影様は良く言えば『弁が立つ』、悪く言えば『ああ言えば、こう言う』お方。これに四海冥樹たる知性が加わるのだから、これほど
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