虚空伽藍

ひとしずくの鯨

竜の試練篇 第1章

第1話

   幻景1


 それは、まさに、連なる螺旋のの如くであり、

 この果てのない空を高く高く舞い上がって行く。

 何ものにも遮られず。

 誰も聞く者がいないであろうことも省みず。

 ただただ、虚空へと。




 第1話


 冬を迎えようとして、寒さのつのる頃。


 眼下に広がるは、峻拒しゅんきょする如くの激しく打ち寄せる波濤はとう。泳ぎが得意な彼らでさえ、恐らく望んで飛び込みたいとは想わぬであろう。


 たしかに見つめる先は異なる。そこは割れておった。澄み渡る星天と塗りつぶされた如くの黒天に。その境をなす雲のを月光が照らす。ただ、その光が淡く感じられるのに理由が無いわけではない。


 そして、そのさかいは、まさに眼下の境界線――海が陸を限る――を空に引き写した如くであった。ならば、この世界の不可思議というものに想いを至らせてもおかしくはなかろうが。ただ、その二名には特別な目的があるらしく、それに集中しておる。


 ここまで赴いたのには理由があった。常雨とこあめの国とも称される竜泉郷りゅうせんきょうでは、雨雲が邪魔をするからであった。旅の疲れ――もし竜族の表情というものになじみがあれば、たしかにそれを読み取れたであろう。


 一名はそのひょろ長い体を崖の上から落ちないかとはらはらさせるほどに乗り出し、天上の何かを見極めようとするかの如くであった。


 もう一名は手元の書を見つめておる。こけむした手指の先には鋭い爪が伸びる。それがなぞったところから、霧の如くが立ち昇る。そして、濃く集いては、一文字一文字空中に化現する。これをなしえるは、まさに、彼らを庇護する力がここまで及んでいる、そのあかしに他ならなかったが。


 その文字を読み上げたのと同じ声が問う。


「やはり次が『大幻たいげんの日』の竜の試練であるは間違いないか?」


 空を見上げておった者が答えるには、


「そのようです。天の六宮を六の惑星が占めております。そして、まさに朱雀すざくの住まいたる天空峡が月を食さんとしております。ゆえに、夜はますます暗く、星はますます輝きましょう。まさに書が伝える通りです」


「ならば、戻って王に伝えなければなるまい」


「はい。この法が伝わるは、私たち四海冥樹しかいめいじゅのみ。王はご存じありませぬゆえに。きっと、私たちの帰りを心待ちにしておりましょう」


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