20、ちゃんとした話し合い
ジュリアンはヴェロニカの目を真っすぐと見つめて言った。自然とヴェロニカの眉根が寄る。
「後悔はない、ということ?」
「そうだ」
二人の間の空気が剣呑なものへと変わる。同じことの繰り返しに、ヴェロニカはうんざりしてため息ついた。
「あなた……本当にカトリーナ様と離縁するつもりなの?」
「そうだ」
「それで後悔しないの」
「しない」
何度も言わせるなとジュリアンは怒った口調で答える。
「わかったわ。あなたが離婚したいなら勝手にすればいいじゃない」
「……えらく簡単に認めるじゃないか」
「別にあなたたち夫婦のことなんて知ったことじゃないわ。残される王太子殿下が気の毒だとは思うけれど。それとそれに振り回される周りの臣下たちもね……。でも、赤の他人がどうこう言っても仕方がないわ。そんなに離婚したいのならば、勝手にすればいい」
でもね、とヴェロニカは続ける。
「私とハロルドを巻き込むのはやめて。どうしてあなたたちの離婚問題に私たち夫婦まで合わせて離婚しないといけないわけ? 意味がわからない。無茶苦茶よ」
「関係なくないだろう。カトリーナの想い人と添い遂げさせてやろうという気遣いではないか」
「そんなの過去の話でしょ。だいたい……カトリーナ様は本当に別れることを――ハロルドと一緒になることを望んでいるの? あなたの勝手な思い込みで、暴走しているだけじゃないの?」
「そなたは怖くないのか」
ジュリアンはヴェロニカをじっと見つめる。その目は暗く、不安が渦巻いている。
「怖いって何が? ハロルドがカトリーナ様の手を選び取ること?」
自分で口にして、ヴェロニカは不快な気分になった。
「そうじゃない。いや、それもあるが……」
「じゃあなに?」
ジュリアンは黙った。ヴェロニカは辛抱強く彼の言葉を待った。
自分がここから出るにはこの男をどうにかしなければならない。どうにかするには、まず相手のことを知って、何を考えているか知る必要があった。
「……長年連れ添ってきた相手に、実はずっと昔から想う相手がいたことだ」
ずっと押し込めていた気持ちを耐え切れず吐露するようにジュリアンは打ち明けた。彼の目は不安に揺れており、目の前のヴェロニカではないを遠い誰かを見ており、それを隠すように俯いた。
綺麗なつむじを見ながら、ヴェロニカは「怖いわよ」と返した。
顔を上げたジュリアンが本当か、というようにヴェロニカを必死に見てくるので、なんだか居心地が悪くなって、今度は彼女が下を向いてしまう。
「怖いし、とっても嫌。裏切られたと思った……」
ただの幼い頃の話じゃないか、と一度は言ったけれど、本当はすごくショックだった。一生知りたくなかった。
「あなたは違うと否定するかもしれないけれど……私はあなたの気持ち、わかるわ」
「先ほどまで散々勝手だ、無茶苦茶だと罵ったくせにか」
揶揄いの混じった声に、少しムッとする。
「実際に行動に移すのはあり得ないわよ」
でも、と思う。
「そうしたくなる気持ちは、わかる、というだけ……。こちらから見放して、違う相手の手をとる選択肢を与えた上で……拒絶してほしいと思っている。相手を試すことで、自分を愛しているのか、確かめたいのよ」
「……」
表情の読めないジュリアンの顔に、ヴェロニカは困ったように笑う。
「最低よね。それって本当に相手のことを愛していると言えるのか、時々考えてしまうわ。でも……それでも私はあの人が好き。愛している。私と同じ気持ちでいてほしいと思って、けどあの人はそうじゃないとわかる時があって……それでとても辛くなるの……」
同じ想いを返してほしいと望むのは我儘なのだろうか。
カトリーナの存在を知った今、ヴェロニカの心はますますハロルドの愛を欲している。
(陛下も、同じだったのかしら……)
二人の間に沈黙が流れ、やがてジュリアンの方からぽつりと感想を述べられた。
「いつしかそなたの夫への愛を聞く流れになったな」
ヴェロニカは自分の言葉を思い返して頬が熱くなった。
「そ、それは……いいえ、そうね。ごめんなさい」
ただ自分はジュリアンの気持ちがわからなくもないと伝えたかったのだ。
「陛下。本当に、カトリーナ様と離縁していいのですか」
最初にぶつけた問いかけを、もう一度繰り返す。ジュリアンの心に訴えかけるように。
「私の経験から言わせてもらえば、こんな駆け引きをしても相手の心には届きませんわ。むしろますます溝が深まっていくばかりです。気持ちを伝えるには、自分を曝け出すしかないんです」
ヴェロニカは揶揄いも、激怒もせず、ただ静かに告げた。
ジュリアンは黙ったまま、時が過ぎていく。
「……陛下。そろそろ」
「わかった」
次の用事があるのだろう。護衛の一人に促され、ジュリアンは立ち上がった。
(だめだったのかしら……)
「ヴェロニカ」
落胆したヴェロニカに、扉の向こう、背を向けたままジュリアンが言った。
「また来る」と。
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