第二十八話 『基礎の鬼と一か八かの大博打』


「果たして、どうなる?」


八咫烏のジャッジメントプリズンで拘束して混沌すら焼き尽くす火炎玉で攻撃する第一作戦、ここでダメージが入ればかなり嬉しいが、通じなかった場合はかなり不味い。


『微温い』


「無傷かよ。」


しかし、火炎玉の効果が切れるとそこには完全無傷の混沌が立っていた。しかも、ジャッジメントプリズンが外れている。


(何か異能を使ったのか?だとしたらヤバいな。特級の異能ですら焼き尽くす火炎玉を無効化するほどの高精度の術、俺の操術では相手にならないぞ。)


分かってはいたが、強敵。あらゆる物を乱し、破壊するチート級の異能を扱うにも関わらず精度がバカ高い事から恐ろしいほどの鍛錬も積んでいる。


「やるしかねぇな、まだ引き出しはある落ち着いていけ。」


俺は左手の人差し指と親指を立てて八咫烏へと合図する。それは、作戦の第二段階への移行の合図である。


それを見た八咫烏は即座にその翼をはためかせて俺の傍へと飛んできて、霊力を濃縮する。


「『式神極操術・最奥』」


『させるかよ【混沌支配・カオストライデント】』


何かを察知した混沌は、バチバチと黒い霊力が爆ぜる音を鳴らしながら混沌で創り上げた紫黒の三叉槍をこちらへ豪速で投擲してくる。


「『心核同魂 【天神月楽(ツクヨミ)】!!』」


『ほぉ?興味深い技を使う。』


ツクヨミ発動の衝撃波で三叉槍を吹き飛ばす。だが、次の瞬間にはもう回り込まれていた。


『【混沌支配・カオスブレイブ】』


「『【天光支配・ジャッジメントデストロイ】』」


俺の背後の、さらに腰付近までしゃがみこんだ状態から放たれた混沌の短剣による一閃は正確に俺の首を狙って放たれた。


それを間一髪で、対象の罪に応じて威力が強化されるパンチであるジャッジメントデストロイを発動して、なんとか相殺する。だが、、、


『甘いんだよ、小僧。』


「『ぐぅぅ!?』」


短剣による一閃を相殺した瞬間には、後方で待機していた混沌の刃が俺の腹部を貫いていた。


「『お前もな!!』」


『ぐっ!?』


俺の意表をついてニヤリと笑っていた混沌に、上空から光の鎖が飛んできて縛り上げる。そして、至近距離での術行使。


「『【月光支配・千潰夜柱】!!』」


術を発動すると、ちょうど混沌だけを潰すように天から夜柱が降り注ぐ。それは、天光とは別段の威力である。


「『本来よりも範囲を狭めたことで威力を強化した特別性だ。さすがのお前でも無傷とはいかないだろう?』」


『やってくれたなぁ、、、小僧。』


ジャッジメントプリズンを、濃度の高い混沌で無理やり破壊して脱出した混沌は、全身の皮膚が溶けかけていて、明らかなダメージを負っていた。


『だが、それがなんだ?』


「『その傷で動けんのキモすぎだろぉっ!!』」


先程と変わらない、いや、さっきよりも1段階速いスピードで俺の顔面へ短剣を振る混沌。


「『オラァッ!!!』」


『なっ!?』


眼前へと迫った短剣を、バク転することで回避する。そしてバク転と同時にその脚で混沌の右手を蹴り上げ、鎖で縛り上げる。


「『【月光支配・千潰夜柱】!』」


『【混沌支配・カオスディメンション】』


バク転から着地した瞬間、俺は右手を前へと翳して再び夜柱を振り落とす。しかしそれは、奴を中心に展開された紫黒のバリアに霧散させられる。


『【混沌支配・カオスサンドライブ】』


「『ぐぅぅ!!??』」


刹那。


混沌の周りを囲んでいた紫黒のバリアが破片となってあたりに豪速で飛び散る。それは、あもりにも予想外すぎる攻撃だった。


混沌の破片が、俺の左腕を奪い去り腹部に無数の風穴を開ける。そして、その瞬間に全身からとてつもない激痛が走った。


「『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????』」


『ようやく効いたか、まったく。耐久性だけは異常だな。』


全身を内側から喰らい尽くされているかのような激痛が襲い、激しく発狂する。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!)


『俺の混沌には猛毒があるのだ、それを何回も体内に取り込んでいては全身の細胞が破壊し尽くされる。さぞ激痛だろうな?』


ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、挑発の意思をあらわにする混沌。そこには、極悪犯罪者相応の邪悪さが備わっていた。


だが。


「『【天、光、支配!!・ガーディアン、アーマー!!!!】』」


激痛のせいでまともに呂律が回らないが、それでもなんとか術を発動する。


『ほう?太陽の恩恵をその身に閉じ込めたのか。たしかに一時的に傷が回復はするが魂への負担ですぐに死ぬぞ?』


「『それが、どうしたぁ!!!!』」


『ハッ!!良いだろう!!来い!!』


眼を細めて、今俺が行った術の危険度を呟く混沌に、猛スピードで突進する。


(痛みも苦しみも恐怖も!!全て捨てろ!!今はアイツを殺せればそれでいい!!!)


「『オラァッ!!!!』」


『遅い!!』


全霊力を開放、そして地面を蹴り抜くほどのスピードで混沌の顔面へと天光の拳を叩き込む。


だが、そのパンチは混沌が右に半身ずらすだけで躱され、カウンターに豪速の短剣の一突きが飛んできた。


「『許容範囲ッ!!!』」


『痛覚ねぇのかよ!!』


心臓目掛けて放たれた短剣を、重要な動脈や臓器に当たらないように避けつつ肉体で受け止め、混沌を一時的に拘束する。


「『【月光支配・千刺夜突】!!』」


『【混沌支配・カオスディメンション】!』


右手に出現させた夜剣を、混沌の脳天目掛けて振り下ろす。だがそれは混沌のバリアによって逸らされて奴の肩を斬り裂くに終わる。


そんな攻防を皮切りに、互いの血肉と魂を削り合う死闘が始まった。


俺のパンチが、キックが、術が奴の血肉を削り取る。


混沌の体術が、短剣が、異能が俺の魂を刈り取る。


そんな戦闘が5分ほど続くと、雌雄は決していた。


「『はぁ、、、はぁ、、、』」


俺は息を大きく乱し、全身を襲う猛毒による激痛と無理やりな治療のせいでヒビ割れた魂が悲鳴を上げる。そして、片膝と両手を地面について大きく吐血する。そして、俺には右目が失われていた。


対する混沌は、全身に裂傷や切り傷を負っているが息一つ乱さずに両足で立っている。それは一重に、混沌が積み上げた【基礎】の成果だった。


(剣術も、体術も、異能も、全てにおいて超一流以上の達人クラス!一体どれだけの鍛錬を積めばここまで強くなれるんだ、、、)


たった5分、されど5分。その時間の死闘で俺は分かってしまった。奴が一体どれだけの努力を積み重ねてこの強さに至ったのか、一体どれだけ死にかけ、そのたびに血反吐を吐いて強くなったのかを。


『子供にしてはやる方だった、ここ数年殺りあった奴等の中では1番マシだったかも知れん。だが、お前もここで死ぬ。』


「『あ、、、』」


もう、声が出せない。それほどまでに血を流しすぎたし、霊力もガス欠だ。


(俺は、、、死ぬ、、、?)


全身を襲うのは、すぐそこまで迫ってきた死の気配。


そして次に来るのは、とてつもない拒絶反応。


「『ま、だぁぁ、、、死ね、ない、、、』」


『さらばだ、小僧。』


混沌は短剣を振り上げて、別れの言葉を告げる。その瞬間俺は思わず下を向いてしまい、自分の胸へと視線が向く。そこには、、、


(ペンダント、、、これは、、、)


俺の腰についているのは、愛すべき妹が一生懸命に作ってくれた不格好なペンダント。そこには、無事を祈る霊石【タナバルト】が鈍く輝いていた。


(そうだ、、、俺にはもう大事な人たちがいる。神恋に父さん、母さん。そして、漣たち。)


脳裏に蘇る、今世で出来た一緒に居たい人たち。彼等は、一様に俺にこう答えた。



―――――――抗え。



死の間際、極限まで引き伸ばされた時間の中で俺はある博打を思いついてしまった。それは、かつて幼き頃の自分が目の当たりにした異能力の頂点。


『フンッ!!』


振り下ろされる短剣。だがそれは、無意味な一撃となる。


(霊力はガス欠、、、ならば、生命力を代償に!!!)


俺は即座に、残っている右手の人差し指と中指をくっつけて立て、他の指は仕舞いつつ右手を掲げる。そして、ニヤリと笑みを浮かべる。


「『【神域結界】!!!』」


俺の言葉に、既に短剣を振り下ろしている混沌は焦り顔を初めて見せる。だが、もう遅い。


「『【暴食之王(ベルゼブブ)】!!』」


刹那。


俺を中心に半径100メートルほどが赤黒い色をした霊力の結界に包まれる。


結界の中は変貌し、さっきまでの瓦礫に溢れた市街地ではなくまるでお伽噺の鬼ヶ島のような空間へと変化する。


そして、俺の脳天に短剣が触れると、短剣はまるで喰われたかのように消失する。


『は、、、?』


混沌が、思考を一瞬だけフリーズさせた。なぜなら、自分でさえ扱うことの出来ない神域結界を数十歳年下の子供が発動したからだ。


(神域結界の効果である【必中】と【拡張】を暴食に適応させると、神域結界内に存在するあらゆる物質・現象を存在ごと喰らう神域になる。つまり、、、)


『ここは、お前の腹の中か、、、』


「『正解ッ!!』」

 

意味が無いと分かっていても、俺から即座に距離をとる混沌。その額には、隠しきれない量の冷や汗が滲んでいた。


「『混沌、ありがとう。お前のおかげで俺は1段階上のステージに登ることができた。敵ながら感謝するよ。』」


『ハッ、、、畜生、、、』


最後まで悪態を崩さないで、最期の抵抗と言わんばかりに短剣を持って突進してくる混沌。俺はそれを見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら叫んだ


「『いただきます!!』」


そんな言葉と共に発動される必中の術。それは突進する混沌を360度あらゆる方向から現れた大きな【口】が混沌を噛み砕いた。


『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!????』


とてつもない雄叫びが響き渡る。だが、それは数秒後に混沌が喰らいつくされるという結果で止められる。


「『再度感謝を申し上げるよ、混沌。お前を喰らったことで傷は全回復。霊力も漲ってきた。これならまだ戦える。』」


ハイテンションを崩さぬまま、混沌が居たであろう場所に呟きを残して、俺は神域を解除して数キロ先にいるであろう仲間に思いを馳せるのであった















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