第二十七話 『魂喰の金神と天炎之園』


「【神焼炎・メギストスフレア】!!」


神焼の弓矢が白髪の女へと放たれる。それは辺りの建物を一瞬で溶解させ、塵へと変える超高熱である。


『あらあら、熱いですね。』


そんな馬鹿にするような言葉と共に、白髪の女こと饕餮の全身を【金色】の液体のような物が囲う。


次の瞬間、神焼の弓矢と金色のベールが衝突する。その結果は先程から繰り返され楓が苛ついている原因でもある結果へと帰結する。


「チッ、、、どうなってんのよ。」


捕食。


そう表現するのが正しいであろう。神焼の弓矢が金色のベールに衝突したら、弓矢はベールに吸い込まれたのである。それはまるで、金色のベールに喰われたかのような不自然さである。


『楓よ、あの液体は不味い。まともに触れれば吸い込まれるぞ。』


「わかってるわよ、だから遠距離攻撃しかしてないのだし。」


だが、突破法は見つからない。それが現状である。


本来ならばあらゆるものを焼き尽くす神焼炎が吸い込まれる。それはゴリ押しでは突破出来ないことを意味しており、このまま時間をかければ間違いなくジリ貧に追い込まれてあの液体に吸収されることも明らかだ。


『さぁ、そろそろ頂いてしまおうかしら。』


「霜神!!サポートしなさい!!」


『承知!!』


饕餮が右手を翳して、金色の液体を津波のようにこちらに押し流すのを視認した瞬間、楓は即座に走り出していた。


(一発でも貰えばアウト!そのくせ物量は半端じゃないし止まれば死ぬ!!)


故の特攻、金色の津波の他にも、金色の槍が物凄いスピードで迫ってきたり、いきなり地面から金色の液体が吹き出してきたりもする。そんなどこにいても危険地帯なこの戦場において止まること即ち死である。


『【魂喰支配・ゲラウブリング】』


『【栄煌元素・水神轟波威吹】!!』


金色の液体が龍の形を成し、ブレスを今も猛スピードの防御無視特攻を続ける楓へと放たれる。しかしそれは、数百年を生きている巨龍によって止められる。


まるでブレスは自分の十八番と言わんばかりに、人形状態でも霊力が極限まで濃縮された水素利用の爆発ブレスが放たれる。


ぶつかり合う金色の威吹、いや、魂喰の威吹と水霊のブレス。それは激しい音をかき鳴らしながら街中に甚大な被害を出しつつ引き分けとなる。


と、思われた矢先。


『ぐぅぅっ、、、???』


『あらあら、そこは既に私の領域ですよ?』


均衡していたブレス同士のぶつかり合いは、ブレスを展開しつつも魂喰の槍で霜神の片足を貫いたことで崩れる。


そして何より恐ろしいのは、貫かれた右足は即座に魂喰の槍へと吸収されて、腿から先が完全に消失してしまったことである。


「霜神!!??」


『人の心配をする余裕なんて、あるのかしら?』


霜神が押し負けたことで、魂喰のブレスの矛先は楓へと向く。咄嗟に防御無視を解除していた楓は、神護炎鎧を纏うことでブレスを軽減して全身にとてつもない激痛が走るだけで済んだのが幸いだろうか。


『楓よ、私は妖怪だ。この程度ならすぐに治る。私のことは無視して攻撃しろ。』


「でも、、、」


『でもではない、奴は四凶ナンバー2であり、【魂喰の金神】。生半可な覚悟では太刀打ちなど出来ぬ。』


「、、、分かった。」


言葉のトゲトゲしたとは裏腹に、心優しい楓にとって仲間がダメージを受けるのを黙って見ているのは苦痛だが、それすらも霜神の言葉によって飲み込む。


(私は主にこの娘を任された、ならば、この命に変えても眼の前のクソ野郎をぶっ殺して娘を守る。)


『仲良しごっこをしている所申し訳ありませんが、そろそろ本気で殺すとしましょう。』


そんな言葉と共に、辺りを覆っていた魂喰の湖が一気に空中へと吸い上げられ、饕餮の真上で渦を巻くように固まっていく。


その瞬間、辺り一帯を包む凄まじい霊力の爆発。それは余波だけで金属製の建物を破壊するほどだった。


「霜神、、、あれは、不味いんじゃないの?」


『あぁ、、、あれは、不味いの。』


半径30メートルはあろうかという巨大な渦円状の魂喰の液体。それは、先程までが遊びだったと強制的に思い知らされる威容を放っていた。


『【魂喰支配・神喰海渦(カリュブディス)】』


冷徹で、一切の容赦のない冷たい言葉と共に解き放たれる神喰の渦。


そんな絶体絶命の中、楓は走馬灯に近しい追憶を体験していた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「知っているかい?楓。異能力には【最奥】と呼ばれる必殺技が存在するんだ。」


「へぇ、そうなの?」


学院に入学して、神楽に教えを乞うていたある一時に神楽から齎された知識自慢。それが楓の脳内に鮮明に蘇る。


「かの有名な異能力者【安倍晴明】は最奥を使って国を滅ぼす大妖怪を一撃で倒したという伝承もあるし、我ら現代異能力者の頂点、如月ライラでさえこの最奥というものは重宝している。それぐらい強力なものだけど、一つ弱点が存在してるんだよ。」


「その弱点って?」


異能力の事になると、途端と興奮して早口になる神楽の悪い癖を受け入れて聞き返す楓に、神楽はさらに早口になりつつ答える。


「【強い想い】、殺意だろうが愛情だろうが、そういう自分の中で何にも代えがたい感情や信念を持つ者だけがこの最奥を編み出す事ができる。」


「じゃあ、神楽は持ってるの?いつも強くなりたい強くなりたいって言ってるし。」


「俺程度の想いじゃまだ足りないんだよ、本当に、それ以外要らないとまで想えるような強い【意志】が必要なんだよ。」


「そう、、、じゃあ、私には無理ね。そんな意志。私は持ってないわ、、、」


俯きながらそう答える楓、てっきり優しい神楽ならば困った表情をすると思ったのだが、楓の予想は外れてしまう。


「じゃあ、見つければ良いんだよ。今は無理でも、何年か何十年か先にでも。」


「でも、それまで生きてるかだってわからない、、、」


「なら、強くなるしか無いな。でも安心して、少なくとも楓が困っているのなら俺が助けに行くからさ。」


そんな優しくて、甘い偽善の言葉とともに微笑む神楽。でも、そんな偽善が楓にはとても輝いて見えた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(私は!!まだ死にたくない!!!)


迫りくる神喰の渦が衝突するまでの数秒が、無限にも感じられるほどに引き伸ばされる。


(私は神楽に頼るだけの、護られるだけの人間にはなりたくない!!)



――――――――――ならば、どうする?



そんな自問が頭の中に響き渡り、挑発するかのような笑い声まで聞こえてくる。だが、答えは既に持っている。



「私は護られる人間じゃなく、皆を護って見せる!!この炎は!敵を殺す炎ではなく!皆を護る炎だ!!」


霊力が満ちる。闘志が轟々と燃え盛る。


異能力者は、ある1回の出来事だけで莫大な成長を遂げることがある。その出来事とは、、、


【信念の構築】。己の中で、自らの命だろうが世界の命運だろうが気にせず、その信念だけは貫くと思うほどの強い想いを抱くことが異能力者の成長である。


『死になさい!!』


死の宣告と共に、振り下ろされる神喰の渦。だが、もうそれは意味を為さない。


「【神焼炎・最奥】」


言葉が、響き渡る。瞬間、霊力が爆ぜた。


「【天炎之園(ヘルデスガーデン)】」


刹那。


展開される爆炎の【ドーム】。それは軽く半径200メートルはあろうかという範囲で展開され、ある一つの異常事態を引き起こす。


『傷が、治っていく、、、?』


『私の神喰海渦が、燃えた?』


片足を食われ、再生することすら困難を極めていた霜神の脚は炎によって包まれて一瞬で再生した。それどころか、先程から負っていた軽い切り傷なんかの全てが治っていく。


反対に、ここら一帯を喰らい尽くすはずだった神喰の海渦は、炎のドームの中に入った瞬間蒸発する。


『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??????』


次の瞬間、海渦が蒸発したことに動揺していた饕餮が一瞬にして炎に包まれる。


急いで魂喰の液体を纏おうとするが、纏った先から燃やされ、肉体は灰へと姿を変えていく。


「ヘルデスガーデン。私が味方と認識した者は癒し、強化する祝福の炎となり、敵と認識した者は霊力、装甲、魂全てを焼き尽くす無限の炎の檻と化す。」


『おのれぇ゙ぇ゙ぇ゙!!!!こんなもので私がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!!!』


術の効果を提示、余裕から生まれる行動に腹を立てる饕餮。だがもう、どうにもならない。


『うそ、、、だ、、、こんな、小娘に、、、』


やがて全身を焼き焦がし、灰へと変える饕餮は虚しいうめき声を残してこの世から去っていく。


「さて、他に加勢しなきゃね。」


天炎の主は、その身に纏う炎を翻して走り出すのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る