第二十三話 『災禍の姫君』
もう見慣れた景色である一年性の教室は、重苦しい雰囲気とピリついた空気が全てを占めている。
「皆、準備は良いか?」
俺の言葉に全員がこくこくと頷く。漣の背中には今まで見たことのない蒼色の槍が担がれており、雷兎からは近くにいるだけで感電しそうな電気が迸り、楓からは少し優しげな炎が感じられる。そして、俺の隣には八咫烏が座っている。
(準備は万端、【アレ】も手に入れたし奴を相手するには充分だ。)
俺は再度、全員に視線で訴えかける。すると、凄く頼もしい視線が返ってくる。
「目的地は練馬区○✕廃ビル、覚悟は良いな?」
「「「もちろん!!」」」
―――――――――――――――――――――
「神楽、、、俺は、役に立てるか?」
今更少し不安そうな表情で問いかけてくる雷兎、俺はその言葉に、こう返すしか無かった。
「もちろん、今は、全員の力が必要だ。」
「、、、ハハ。そりゃ良かった。」
雷兎は安心した様子を見せて、再び決意を固めた顔になった。
一歩、また一歩。歩くたびに心臓がうるさく鳴り響く。柄にもなく、緊張しているのだろうか?
「らしくねぇ。」
俺はひたすらに強さを追い求めて、四凶なんて軽々と倒せる最強になる男だぞ?なのにビビってどうすんだよ。
そんな事を考えると、俺の顔から緊張と恐怖は消えた。そして残るのは、膨大な力への飢えと仲間を助ける希望だけだ。
「ここだ。【奴】は14時に練馬○✕ビルでクスリの取り引きを行う。」
脚を一つの廃ビルの前で止めて、腕時計を確認する。その針は14時5分を指していた。
「任務開始」
そんな冷徹な呟きを残して、俺達は気配と霊力を完全に絶ちながらビルへと侵入していく。そして最上階に近づいていくたびに感じる霊力の圧は強くなっていく。
(あぁ心臓がうるさい!覚悟は決めただろ!)
どれだけ覚悟を決めても、心を1つにしても、怖いし不安だ。でも。
(俺には、仲間がいる。)
俺の後ろを信じてついてきてくれる皆がいる。なら、先頭を走る俺はただ任せておけと言っていればいい。
「ターゲット、、、発見、、、」
ほんの小さな呟き、だがそれは最大の報告でもある。
曲がり角を曲がろうとした瞬間、俺は足を止めてひっそりと曲がり角を覗く。するとそこには、ヤクが入っているであろうキャリーケースを持ってチンピラと話している緑髪の女がいた。
(高梨さんから聞いた情報の緑髪で身長160前後と完全一致、そして奴から感じる霊力からして、【窮奇】本人で間違いないな。)
俺は右手を少し浮かせて、親指を上げてグッドサインを出す。それを見た全員が、作戦を開始する。
『2億でどうかしら?マルタ?』
「もちろん、買い取らせていただきやす。四凶の皆さんにはお世話になってますからねぇ。」
『ふふ、嬉しいわね。』
そんな会話が聞こえたその時、俺の後方で待機していた八咫烏が一目散に飛び出す。
「【獄炎操術・炎絨大地】!!!」
「!!??敵襲だと!?」
八咫烏が動いたのを確認した俺は、両手を地面につけて術を発動する。すると俺の両手の先から30メートルほどが獄炎の絨毯となり地に足つく者全てを焼き尽くす。
『フン、ガキじゃない。』
だが、窮奇は完全な奇襲でさえ容易に空中に飛ぶことで回避する。だが。
「身動きが出来ない空中に飛んだな?」
『まさか!?』
『【天光支配・ジャッジメントプリズン】!』
『うぐぅっ!?』
空中とは、最も身体の自由が効かない場所であり、最も多く隙を晒す空間である。故にこの獄炎の絨毯は奴を空中へと飛ばすための罠である。
まんまと引っかかり、空中に飛んだ窮奇は八咫烏のジャッジメントプリズン、対象が犯した罪の数だけ拘束が強くなる光の鎖に囚われ獄炎の絨毯へと叩き落される。
「こっからが本番だぜ?八咫烏!!」
『応!!』
そんな合図と共に、空中で滞空する八咫烏にひし形の真っ黒な物体を投げつける。八咫烏はそれを自らの黒い羽で破壊してニヤリと笑う。
『転移結晶!!??』
「正解ッ!!!!」
窮奇の悲痛な叫びと共に、ひし形の物体が眩い金光と成して俺達の視界を白に染め上げる。そして全身がふわっと包みこまれる感覚に襲われる。
『ここは、、、?』
「最果ての荒野、お前の得意な津波を起こす海も噴火を起こす火山も何もないただ朽ち果てた大地だ。災禍を司るお前の相手をするにはぴったりだろう?」
『どこまでも舐めてくれるわね、、、』
金光が光を失い、俺達の視界が元に戻るとそこはただヒビ割れた地平線が続く大地。最果ての荒野へと転移していた。
(1回使い切りの癖に1000万円もする転移結晶だが、今回ばかりは金を惜しんではいられない。)
『まぁ構わないわ。学生如き、私が一人で皆殺しにしてあげる。』
「来るぞ!!!」
窮奇の冷徹な言葉と共に、奴の右手に虹色のエネルギーが収束して一本の漆黒の短剣を形作る。その短剣からは、とてつもなく禍々しい気配を感じた。
『【災禍支配・炎束爆獄砲】』
窮奇が短剣をこちらへと向けて術を発動する。すると、短剣の切っ先から楓の神焼炎と同格ほどの威容を持つ獄炎砲が放たれる。
「【混沌操術・カオスセイバー】!!」
対する俺は、迎撃。両手を獄炎砲へと翳して術を乱して中和する刃の嵐を打ち放ち、獄炎砲を無効化とは行かないがかなり威力を弱めて軽い火傷程度に抑える。
「【麻生家直伝槍術・蒼突】!!」
『【災禍支配・玉碧金剛壁】!!』
俺が抑えている間に、漣は窮奇の後ろに回り込んでその新調したであろう槍で突きを心臓へと向けて放つ。
だがその突きは、窮奇が展開した碧壁によって防がれ、カウンターの獄炎砲が漣の左腕を少し火傷させる。
「【雷兎・絶撃(エレクトリカルヴォーパル・デストロイ)!!】」
『【災禍支配・水吸魔渦】!!』
上空から飛びかかる雷兎の拳を、窮奇は水の渦を頭の上に展開して吸収しようとする。だが、
「甘えんだよクソアマァ!!!!」
『ぐっ!!??感電か!?』
水の渦、それは雷兎のもう1段階強化された電撃を防ぐにはあまりにも頼りない存在であり、事実窮奇の全身には何億ボルトという電流が走った。
「死になさい、【神焼炎・メギストスフレア】。」
感電によって一時的に身動きが取れなくなった窮奇に、楓の神焼の弓矢が襲いかかる。それは容赦なく窮奇を含めた地面を焼き溶かし、煙を上げる。
圧倒的な連携攻撃、普通の異能犯罪者や妖怪異能力者なら確実に即死だが、眼の前の化け物は普通の犯罪者ではなかった。
「おいおい、、、マジか、、、」
「嘘でしょ、、、」
土煙が晴れ、窮奇の姿が見えた瞬間俺達の希望は打ち砕かれた。
『いったいわね、私の顔に傷がついたらどうすんのよ。』
無傷。そう言って良いほどに窮奇には目立った損傷が見受けられず、強いて言うなら露出している右腕に軽い火傷の跡がついているくらいだ。
その時、俺達にはほんの少し絶望と敗北が過った。でも、俺はそこで我に帰ることが出来た。
「諦めるな!奴に火傷の跡があるということはダメージは通っている!ならば殺せる!!」
この言葉が、仲間たちを励ます言葉なのか、自分を鼓舞する言葉なのかは分からなかった。でも、気合は十分に入った。
『あら、まだ諦めてないのね。大した根性だこと。でももうおしまい。』
そんな俺の叫びを嘲笑うかのように、窮奇はニヤリと笑って短剣の切っ先をこちらへと向けた。
『【災禍支配・轟轟熱波】!!』
短剣の切っ先から放たれるのは、辺りの朽ち果てた地面を溶かすほどの高温度の【風】。それは容赦なく豪速でこちらへと向かってくる。
(【操術】と【支配】は全くの別物。俺達が使う操術は神から授けられる異能だが、支配は操術を長年使い続け、研鑽を積んだ者が異能を進化させて成るもの。故に支配を使う窮奇と俺達では文字通り格が違うのだ。)
「それがなんだ!!それが仲間を見捨てる理由になるのか!!【虚空操術・無還衝波】!」
俺は再度両手を前に翳して、襲い来る超高温度の風を飲み込む【網】を展開する。それは霊力を大量に消費する代わりにあらゆる攻撃や現象を無に還す網である。
「神楽!そのまま抑えておけ!!【麻生家直伝槍術・蒼払い】!!」
超高温度の風と、俺の網のぶつかり合いを破壊するのは漣の一撃。上段からの振り下ろしは窮奇に回避を余儀なくさせ、俺の網が窮奇の右足の靴を無に還す。
「まだまだ行くぞォ!!」
圧倒的実力差、象と蟻とまでは言わないがイワシとサメぐらいかけ離れた実力差を埋めるのは、たった一体の【カラス】だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます