第六話 『厨二病は不幸体質(本人にとっては好都合)』


「神楽、準備はできたな?」


「気をつけてくださいね、兄様。」


「油断しないでね、神楽。」


いつものラフな格好とは違い、陰陽術みたいな服を着てバッチリとキメた俺の背中を、家族の声援が押してくれる。そこには立派に成長して、今やとてつもなく可愛くなった7歳の妹、霜月神恋の姿もあった。


そして、今日は初の妖怪討伐任務に赴く日であり、俺の伝説(自称)の始まりの1ページのため、さすがの俺も少し緊張しているがその緊張をぶち壊す女が一人いた。


『安心するが良いぞ、この儂がついていくのだからどんな妖怪が相手でも一撃で屠ってやろう。』


「今日の相手は4級の雑魚妖怪だからそんなに張り切らないでくれ、お前の術の巻き添えで死ぬのは御免だぞ。」


『今日使う術の巻き添えで死んだらとっくのとうに主は死んでいるから問題ないであろう。派手な花火を上げてやろうじゃないか。』


「近所迷惑メールだから辞めてくれ、、、」


「結界内の情報を一切遮断する結界を貼るから問題ないですよ、霜月神様。」


「俺の味方はいないの、、、」


「私は兄様の味方ですよ!!頑張ってください!!」


「あぁ神恋、神恋だけが俺の癒しだよ、、、」


味方が誰一人としていない状況に絶望していると、意気揚々と仲間を名乗り出る神恋の健気さに涙さえ流してしまいそうだ。あと母さん、このやり取りを面白がって見ているのは後で覚えておいてくれ。


「ほれ、さっさと行くが良い。」


『そうじゃ、早く出発するのだ。』


「はいはい、じゃあ行くぞ霜神。位相に戻って。」


位相とは、式神が召喚されているとき以外存在している空間で、その中では一切の物理的な時間は経過しない世界である。


俺は霜神を位相へと仕舞って、すくさま翻して霜月家の無駄にデカい門を潜って家を出る。そして、最後に家族に向けて手を振って俺は目的地である森林へと向かうのだった。




―――――――――――――――――――――



『主よ、着いたぞ。』


「報告ご苦労、で、ここが目的地の、、、」


『魔尾森、今回発生した4級妖怪が根城にしている森だな。』


「まぁ、、、いかにもって感じだよな、、、」


俺の眼の前に広がるいかにも心霊スポットらしい鬱蒼とした森からは、極めて弱い霊力を2つほど感じる。これが恐らく今回のターゲットの妖怪だろう。


「突入するぞ、気張れよ。」


『油断は禁物って奴だな、いくら低級とはいえ容赦なく狩ろうじゃないの。』


俺と霜神は全身に完成度がドチャクソ高い霊盾を展開しながら森の中へと侵入する。一歩、また一歩と歩み続けるとどんどん感じる霊力が強くなる。


「近いな、警戒しながら進むぞ。」


『了解、いつでも迎撃出来るようにしておくよ。』


俺と霜神は出来るだけ霊力の圧を抑えて進む。理由は通常の霊力の圧で進むとその圧で低級の妖怪は逃げてしまうため、相手から襲ってきてくれるようにしているのだ。


刹那。


俺がいつものように一歩を踏み出して、地面に落ちている枯れ木を踏んだ瞬間、俺の眼の前にデカい木から糸を垂らして噛みついてくる蜘蛛が現れた。


「ようやく出てきたな!!!!!!」


『ぶっ壊してやんよ!!!!!!』


眼の前にいきなり現れた妖怪、その姿は等身大の蜘蛛であり、見るからに毒がありそうな牙を覗かせて飛びかかってきた。


だが、所詮は低級の妖怪。その速度は俺と霜神にとっては蚊が止まるほどの遅さであり、容易く避けてその胴体に拳をぶち込む。


「【断撃】!!!」


『キシェァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』


俺は拳を叩き込んだ後に、その勢いを利用して術を発動する。すると、奴の肉体は一瞬で粉微塵になり、血しぶきがあたりの木々を染める。


俺はその様子を見て勝利を確信して霊盾を解く。それは霜神も同じであり、二人揃って完全に警戒を解いてしまっていた。


それは愚の骨頂であり、初任務というを達成したという安堵から来てしまった油断である。だが、この油断に妖怪は容赦なく食らいつくのだった。


『ガキンチョ二人なんて楽な仕事だぜぇ!!』


「「ッッッ!!!???」」


まるで二重に重なっているかのような不気味な音声のような声が、けたたましく俺と霜神の耳を襲った瞬間、同時に俺と霜神の腹を3本の血の【茨】が貫く。


(奇襲!?そんな馬鹿な!?)


俺は最大限の警戒を払い、この森の範囲全てに超高精度の霊力暖地を張り巡らしていた。故に先ほど倒した妖怪以外に敵は居ないと判断していたのだが、俺は一つの間違いをしていたことに気づく。


「俺の探知能力より優れた隠密能力を持っている敵なら、俺の隙を突いて奇襲出来る、、、なんでこんな当たり前のことに気づかなかった、、、」


『主、こいつはヤバイ。流暢に人の言葉を話していることから少なくとも1級はあるぞ。』


『よく知っているな式神。だがそれはNOだ。俺は一級じゃない。』


姿を表した奴は、一目見る限りだとただの成人男性のような風貌をしているが、違うのはその身から感じる絶大な霊力。人間ではない妖怪特有の恐怖や不安を感じさせる独特な霊力圧だ。


そして奴は、ニヤリとした笑みを顔面に貼り付けて言葉を吐き捨てる。それは、俺にとって絶望的な宣言であり、俺がつくづく不幸体質だと思う瞬間であった。


『特級妖怪【鹿紫羅喪(かしらも)】!!早速ですが死のプレゼントをお届けにきましたぁ!』


「いらねぇよクソッタレェ!!!!!!」


奴は、いや、鹿紫羅喪は自分からその正体を明かして、先程俺達を貫いた血の茨を展開する。それは奴の指先から始まり、大量に枝分かれして森林のようになってこちらへ襲いかかる。


血の茨はまるで生き物のように動き、的確に逃げ回る俺と霜神の肉体を貫こうとしてくる。そしてその速度はさっき殺した妖怪の比ではなかった。


「至急報告っ!!!魔尾山で特級指定妖怪鹿紫羅喪と戦闘!!15分以内に応援がほしいです!!!!」


俺は陰陽師の服のポケットに忍ばせていたトランシーバーで、父さんに連絡をする。だが、それを見逃してもらえるわけはなかった。


『よそ見してんじゃねぇよぉぉ!!!!!!』


「ぐふっ!!???」


必死に血の茨を避けながら父さんに通信を告げていると、奴はそれが苛ついたのか避けるのに必死で隙だらけの俺の腹に全力の拳を叩き込んでくる。その衝撃でトランシーバーは完全にハソンシて連絡は不可能となる。


俺はその衝撃で大量の血を吐きながら、20メートルほど吹き飛ばされる。その途中で大量の木々をなぎ倒してきたからか、全身の骨が軋むのが聞こえた。


『貴様ァ!!許さんぞ!!!!!』


『邪魔をするな式神!!!!!!』


『ぐはっ!!???』


俺が吹き飛ばされたのを視認した霜神は、その美しすぎる白い宝石のような肌を、血の茨に貫かれながらも奴にその拳を向ける。


高位の龍特有の化け物のような身体能力とアホみたいな量の霊力を込めたパンチを霜神は放つが。だが、それは鹿紫羅喪を覆う血の牢獄によって防がれ、反撃に鹿紫羅喪の重すぎるコブシをモロに受けて霜神も吹き飛ぶ。


「落ちろォ!!!!!!」


『落ちねぇよォ!!!!!!』


霜神が吹き飛ばされるのとほぼ同時に、俺は鹿紫羅喪に両手をかざしで術を発動する。使ったのは霊鎖と断撃、そして100を超える霊力槍だ。


霊鎖によって四肢と首を拘束してその状態で断撃を発動。すると次の瞬間に奴の両腕を切り落とし、それと同時に100の霊力槍が奴を襲う。


『うがァァァァァ!!!!!!!』



さらに畳み掛けるように霜神が飛びこんでくる。さっきの攻撃でかなりボロボロだがもうなりふり構わない状態でその拳を振るって奴の顔面を砕く。


そして霜神の拳が奴の顔面を打ち砕くとそれを中心に元素を最大限活用した大爆発が起きて土煙が上がる。


「もういっちょぉぉ!!!!!!!」


俺はこれだけでは足りないと判断して、霊力を極力濃縮させてから解放させて大爆発を起こす技、【霊爆】を発動する。


さらに大きな土煙が舞い、さすがに霊力のオーバーヒートと体力の限界がやってきたため、俺は静かにその土煙が上がるのを待った。


「おいおい、、、勘弁してくれよ、、、」


『こりゃ、初任務早々ヤバイことになっちまったなぁ、、、』


俺と霜神のため息混じりの言葉と共に上がる土煙。そしてそこにいたのは、先程付けた傷が全て完治して無傷で立っている鹿紫羅喪だった。


だがさっきまでと違う点は、その体に血で作られたであろう【赤い鎧】を着ていることだ。


『よもや、たかが生まれて10年のガキと蜥蜴に【獄血鎧】を使うことになるとは思わなんだ。』


「それは褒め言葉と受け取って良いのかな?」


『死の宣告と受け取ってもらって構わないさ。なにせ今の俺は最高に気分がいい。ひとまずは、これで行くとしよう。』


さっきまでとは何もかもが違う奴の、軽々しい言葉遊びに付き合っているとその均衡を奴自身から壊してきやがった。


奴が両手を広げると、鹿紫羅喪の周りに大量の魔法陣のようなものが出現してそこから血のミストらしきものが噴射される。


(視界を奪われた!?不味い!?)


『隙ありっと!!!!!』


「ぐはっ!!!???」


視界を奪われたことを分かった瞬間、俺の全身は血の茨に貫かれていた。そしてそれすら認識した瞬間奴の拳が俺の顔面を打ち砕いていた。


そしてそこから始まったのはただの蹂躙だった。奴の拳が、脚が、術が俺の全身を貪り嬲って破壊していく。10秒が経ちミストが晴れた頃には俺の命は尽き果てる寸前だった。


(どんなに急いでも父さんが到着するには15分はかかる。今のこいつ相手に15分足止めしなきゃならねぇのか、、、)


俺は血を吐き、全身を襲う苦痛と激痛を無視しながら立ち上がる。その思考の中には絶望と読み取れる事実が述べられていた。


「ハハ、、、強いな、お前。」


―――――だから、負けてもしょうがない?

違うだろ。


―――――だから、死んでもしょうがない?

違うに決まってる。


―――――だから、諦めてもしょうがない?


、、、


「そうじゃねぇだろ!!!!!自分がどんなに絶体絶命でも、諦めるのだけはだめだろ!!!」


『あるじ、、、、、』


俺は血を再び吐きながら啖呵を切る。そこには、俺の魂の根幹が詰まっていた。


「絶体絶命?上等だよ!!俺はテメェに勝って世界最強への一歩を踏んでやる!!!!!」


『、、、良いなぁ!!!!!お前!!!!!』


俺はボロボロの体に鞭を打って立ち上がり、両手を前にかざして再び戦闘態勢へと入る。それを見た鹿紫羅喪も満面の笑みを浮かべて血の茨を展開した。


『いつまでも、主はそういう奴だな、、、いいだろう!!!死んでもついていこうぞ!!!』


俺と鹿紫羅喪が戦闘態勢に入ったのを見た霜神は、ため息を吐きながら、吹っ切れたように鹿紫羅喪へと突っ込んでいく。


三者三様の覚悟を決めた最終ラウンドが、今血と意志を持って始まったのだった。





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