第24話 セレスティア・エル・レシュタル

       ◇


 さて。


 わたしが夜会に参加した理由は何も肉を貪るためだけじゃない。

 このパーティには新入学生の他に、主催した当人たちやその関係者も、当然ながら参加している。


 その中に……いた。

 銀髪を長く伸ばした少女。


 ここからだとちょうど背を向けているので顔は見えないけど、当然知っている。

 レシュタルの至宝だの何だの、大げさな二つ名で呼ばれる程度には美しい容姿。


 今はまだ十五歳だろうけど、すでに大人びていて、同世代からも人気が高い。


 セレスティア・エル・レシュタル。


 前王の一人娘であり、この国が王族による世襲制度を備えていたならば、女王となっていても不思議ではない人物だ。

 そして現王以外で唯一、レシュタルの姓を名乗ることが許されている存在でもある。


 そういった血筋の持ち主でもあり、またあの容姿。

 さらには人柄も良く穏やかな気質で、平民からの人気も高い。


 貴族にとってもそれは同様で、自分の家にもしその血を取り入れることができれば当然家格は上昇するため、すでに争奪戦が始まっているとか何とか。


 ただ十年前に前王が崩御し、その後は身よりがなくなったこともあって、現在の王に庇護される形で学院に通っているはずである。

 つまりは事実上の王族みたいなものだ。


「セレスティア様……っ」


 わたしの隣で感激したように、クレーリアが目を輝かせている。

 いや、彼女だけじゃない。

 他の連中も似たり寄ったり。


 この中でわたしだけだろう。

 手にしていたフォークを投げつけたい衝動をどうにか抑え、代わりに目の前の料理に突き立てているような輩は。


「ねえ……。クレーリアもあれのこと、好きなの?」


 ちょっと聞いてみる。


「はい。憧れています。私たちと二つしか違わないのに、すでに騎士爵を得ているのですよ? 私の目標です」

「ふーん……」


 そういえばそうだった。

 魔王城を攻略した際、セレスティアは神官としてわたしたちとパーティを組んだけれど、学院ではまず騎士として名声を得ていたのだ。


 つまりあの女、魔法だけじゃなく、力もある。

 か弱そうな外見とは裏腹に、この時点で相当なレベルだったはずだ。


 全体的に白を基調としたドレスのコーディネイト。

 髪の色も相まって、わたしとは正反対である。


 と思ったら少し疑問が浮かんできた。


「クレーリアって、どうしてわたしに声をかけてくれたの? あなたの憧れのセレスティアに比べて、わたしってどう見ても正反対よね?」


 あの女のように愛想も良くないし、態度はでかく見えるらしいし、ついでにお上品とは言い難い。


「え? でも……ネロヴィア様って、素敵ですし」


 それはありがとう。


「入学の式典の時、最前列にいらしたのをお見かけした時から……ずっと話しかけようと思っていたんです」

「入学式の時?」


 今朝のことを思い出す。

 大きな講堂で開催された式典には入学生のために席が用意されており、各々自由に座ることができた。


 しかしあの瞬間から社会の暗黙のルールは適用されていたといっていい。

 いわゆる席次である。


 入学生は貴族と平民がいる。

 その二つは不文律により、明確に分けられている。

 無用なトラブルを避けるためにという意味も、まあ理解できる。


 でもわたしはそんなことなど気にせず、貴族たちの席である前方の席を選び、さらには一番前に陣取ってふてぶてしく座っていたのだ。

 何が悲しくて、誰かの後塵を拝さなければならないというのか。


「噂になっていたんですよ? いったいどこの大貴族のご令嬢なのか、って……」


 確かにわたしの素性を知らない以上、そういう風に考えても不思議じゃない。


「みんな声をかけたがっていたのですけど、何だか近寄り難くて……。そういう意味では、セレスティア様と同じなのかも」


 近寄りがたい雰囲気、か。


 まあセレスティアの場合は神々しくて。

 わたしの場合は毒々しくて、だろうけど。


「でもわたしは平民だって言ったわよね? どこぞの貴族の令嬢どころか、その従僕のような立場なのに。今こうしてぞんざいに話しているのだって不敬に思う輩はいるでしょうし、クレーリアも不快じゃないの?」

「でも素敵でしたので」


 つまり彼女にとっては、それで覆ってしまう程度の些細なこと、ということか。

 そういう性格なのか、箱入りだからかは知らないけれど、あまり選民的な思想に捉われていない貴族、ということなのかもしれない。


 確かにオーギュストのような存在もいたし、例が無いわけじゃないけれど、でも経験上、珍しい例でもある。

 などと思っていたら、クレーリアがさらに付け加えてきた。


「それにネロヴィア様、とてもお強そうだったから」


 見る目あるわね。

 でも……そうか、なるほど。


 この子は本能的に強い者を見分けて寄り添うことで身を守る――そういう能力に長けているのかもしれない。


 それなら前世で声をかけられなかったのも頷ける。

 あの時のわたしはまだまだ弱かったしね。


「クレーリアは騎士を目指すの?」

「セレスティア様のように剣を振るえたらとは思うのですけど……あまり得意じゃなくて。魔法を、と思っています」

「そう。でもそれはそれでいいとは思うけど、魔法使いだからって体力がいらないわけじゃないから」

「そう……なんですか?」


 きょとん、となるクレーリア。

 ぴんとこないのだろう。


 でもわたしが思う最強は、杖で騎士を殴り殺せる魔法使い、である。

 そんな魔法使いが魔法も使えたら、最強なのは当然だ。


 何か間違っているような気もしないでもないけど、気のせいだろう。


「えっと、ネロヴィア様は……どうされるのですか?」

「わたし? そうね。やっぱり魔法専攻かな」

「なら一緒ですね!」


 嬉しそうな顔にこっちも何だか悪い気はしない。

 しないけど……たぶん忘れているわね、この子。


 わたしは平民。

 クレーリアは貴族。


 その差はなかなかに明確で、覆しがたいということを。


       ◇


「帰ったわ」


 見るべきものは見て、食べるべきものは食べてきたので、わたしは王都での住処へと戻った。


 レオミュール男爵家の別邸である。

 最近そうなった、中古の屋敷だ。


「おお、戻ったか」


 わたしを出迎えてくれたのはオルドジフ――車椅子に座ったレオミュール男爵その人。

 男爵は足を悪くしていて、短時間なら立つこともできるけど、長時間だと辛いのか、基本的には車椅子生活だ。


「ただいま」


 オルドジフへとわたしは極力優しい声音で答える。

 車椅子と一緒に待っていた黒猫もどきがわたしの顔を見て、ぶるりと震えていたけれど、今は無視して微笑を絶やさない。


「お帰りなさいませ」


 もう一人、長身で壮年の人物がわたしへと頭を下げる。

 オルドジフの車椅子を押しているこの執事は、シクステン・オスカリウスという名で、今やレオミュール男爵家唯一の使用人だ。


 まあ実際には唯一ではなく、建前としてはわたしもその中に入る。

 そしてシクステンは先輩だ。


 でもわたしの態度は先輩に対するそれではない。

 わたしとしては従者扱いで良かったのだけど、どうもオルドジフはわたしを孫娘のように接してくるので、わたしを含めてみんな合わせているようなものである。


「パーティはどうだったかな?」

「美味しかったわ」

「それは良かった。若いうちは食べ盛りであるからね」


 その通り。

 平民出のわたしとしては、やはり美味しいものが食べられる機会はふいにしたくない。


「あと、友達ができたかな」

「ほう。それは良い」


 などと穏やかな雰囲気で、今日一日のことを話していく。


 それが日課。

 この老人は素直にわたしとの会話を楽しんでいる。


 彼は足を悪くしていたこともあって、長年領地に引きこもっていた。

 それが今回、わたしの入学に合わせて王都にまで出張ってきたのは、少しでもわたしの近くにいたいがためだろう。


 よくもまあ、こんな小娘を気に入ってくれたものである。

 わたしもネコを被って付き合っていたので、オルドジフの溺愛ぶりは深まるばかりだ。


 場所を変え、居間でしばらくオルドジフと語らう。

 シクステンが気を利かせて紅茶を淹れてくれる。


 バフォがペットの振りをしてわたしの膝にのぼってくる。

 あとで首を捻ってやろうと思いながら、今は優しい孫娘のように、バフォの毛並みを撫でてやった。


 わたしの膝の上でくつろぐ様が憎たらしい。

 なので時々毛を引っこ抜いてやった。

 悲鳴を上げる前に口を押さえ、声は洩らさない。


「レグレンツィ伯爵令嬢とな」

「おじいさまは知っているの?」


 基本、オルドジフのことをおじいさまと呼ぶことにしている。

 何だか喜ぶからだ。


「その令嬢のことは知らないが、伯爵のことは存じておる。レグレンツィ伯爵家は王都より東の地に領地を持っておられてな。ネロヴィアは知っているかな?」

「いいえ。教えてくれる?」

「よかろうとも」


 こんな感じでオルドジフはいろいろと話してくれる。

 前世の知識のせいである程度知っていることも多いし、退屈といえば退屈だ。


 でもこういう経験は前世にも無かったものだから、新鮮でもあった。

 こういうのんびりとした時間というものは。


 そして大体の場合、先にオルドジフの方が眠りに落ちてしまう。

 そこで終了。


 今日もご苦労様でしたと、シクステンの表情が語ってくれる。

 解放されて部屋に戻ったわたしは、それまで抱いていたバフォをベッドへと放り投げた。


「うわ、ひで!? 愛玩動物に対する扱いじゃねーだろこれ!」

「地べたに叩き落されなかっただけ、感謝することね」

「あのじーさんには優しいくせに、何で俺様にはこうなんだ?」

「何か憎たらしいからに決まっているでしょ」


 邪魔よ、とベッドからバフォを追い出すと、今度はわたしがごろんと横になる。


「……なんでついて来たのよ?」


 しばらくして、部屋の隅で拗ねているバフォへと、ちょっと聞いてみた。


「あん? んなもん、未来の俺様が契約したらしい人間のことが気になったからに決まってっだろ? 契約の先約なんて、なかなか珍しいし」

「でも別について回る必要なんてないんでしょ?」

「ねーけど暇だし」

「愛玩動物している程度には、悪魔も暇なのね」


 それはそれで世の中平和でいいことなのかもしれないけれど。


「代わりにネロヴィアが、俺様よか悪魔っぽいじゃん? あのじーさん騙してるのだって、悪魔的打算の産物だろ?」

「別に騙してなんかないわよ」


 合わせているだけだ。

 もしくはわたしなりの対価の支払いをしているとでも言おうか。

 借りっぱなしというものは、どうにも精神衛生上よろしくない。


 借りは返すもの。

 それがいいものであれ、悪いものであってもね。


 ともあれ、まずは学校生活だ。

 まずは様子見。

 その上でどんな流れに持っていくか考えていかなくてはいけない。


 セレスティアもいた。

 あれとの関係も今後問題になってくる。

 近づきすぎても離れすぎてもいけない。


 適度な距離。

 それを見極めないと。

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