第23話 レシュタル騎士魔導学院
◇
レシュタル騎士魔導学院。
大陸の名を冠してはいるものの、別に大陸全土から学生が集まってくるわけもない。
あくまで王国内の人間のための学院だ。
もっともその人間の大部分は、貴族を指している。
王国内の貴族の子弟は、原則この騎士魔導学院に通うことになる。
その目的は個人の能力の底上げだ。
貴族は基本、騎士か魔法使いになることを義務付けられているといってもいい。
そのため軍学校の意味合いが強い。
また別の側面として、社交界へのデビューでもある。
貴族たるもの腕っぷしだけでは駄目なのだ。
政治ができてなんぼ、ということね。
でもそんな所に平民も混ざるものだから、ややこしいことになる。
そういう学院に、晴れてわたしは入学したのだ。
◇
「お初にお目にかかります。私はレグレンツィ伯爵が長女、クレーリア・エル・レグレンツィと申します」
入学式の夜。
パーティ会場でお肉をあさっていたわたしの元に、そんな挨拶をしてきた少女がいた。
肉をほおばったまま、きょとん、となる。
「……わたし?」
まさか誰かに声をかけられるなんて思ってもみなかった。
目の前の少女は少し緊張した様子で、こくり、と頷く。
わたしと同じ十三歳。
十分にまだ子供だ。
それが精いっぱい着飾って、自身の誇りを主張している。
化粧も施しているのだろうけど、まあ可愛い顔立ちをしていた。
「はい。お名前を窺っても?」
「ネロヴィア・ラザールよ」
口の中のものを飲み干して、わたしは答える。
そんなわたしの返答に、レグレンツィ伯爵令嬢は少し驚いていたようだった。
「……貴族ではないのですか?」
名前で分かったのだろう。
あとわたしを貴族と勘違いして声をかけてきたらしい。
幻滅したかな。
「そうよ」
取り繕うことなくわたしは頷いておく。
「でもそのお召し物、とても……」
平民には見えない、と言いたいのだろう。
それもそのはずで、わたしはレオミュール卿が用意したくれたドレスを着て、この夜会に参加している。
この手のドレスは前世で着慣れているし、社交界もまあ参加することはあった。
そういうわけで、十代前半程度の貴族の子女に比べれば、まだ場慣れしているといえるのだ。
ちなみに入学式の夜に行われているこの夜会に、同じ入学生でも平民はまず参加しない。
無論、参加は可能だけど、みんな場違いを弁えているからだ。
たとえ本人が出たがっても、親や周囲に止められたことだろう。
でもわたしは参加した。
だって美味しいものが食べられるのなら、食べるべき。
モンスターの肉の味を知っている身としては、そう思うのは自然なことだ。
「これ? わたしのご主人様であるレオミュール男爵が用意してくれたのよ」
今のわたしはレオミュール男爵の従者というのが、正式な立場である。
でも男爵本人にそんな気はまったくなくて、孫娘のように可愛がってくれていた。
オルドジフ・アル・レオミュール。
今年で齢六十七になる人物で、わたしの印象では至って凡庸な人物である。
可もなく不可もなし。
適度に善人。
わたしは男爵の従者という立場ではあるものの、実際のところ男爵はわたしのパトロンだ。
どうしてわたしと縁もゆかりもないような貴族が、わたしのことを気に入って面倒までみてくれるようになったのか、正直最初は不思議だった。
何かしら裏の事情があるのではないかとも疑った。
ま、あったんだけれどね。
でも一度挨拶をしに男爵領へと向かい、そこでの初対面の際に、惚れこまれてしまったのである。
これぞ理想の魔女っ娘である、とか何とか歓喜していたわよね。
男爵本人も魔法使いだったそうだけど、歳をとって何か理想が歪んだのかもしれない。
とはいえ好都合。
わたしの見た目に裏の事情なんかどうでもよくなったのか、綺麗に吐いてくれたし。
ちなみに裏の事情というのはあれだ。
プロスペールの仕業だったのだ。
男爵は以前、デザ―エンド大迷宮に挑み、死にかけたというのはわたしもすでに知っている話である。
その時たまたま迷宮内にいたプロスペールに、命を救われたらしい。
おそらくヘルの卵をこっそり不法投棄した時のことだろう。
ざっと四十年以上は前のことだ。
で、命を助けられた見返りに、男爵はプロスペールのスパイになったというわけである。
こうなると、あの男のことだ。
男爵以外にもたくさんの間諜を、この王国に放っているに違いない。
侮れない奴よね。
そして今回、そのプロスペールから初めて命令らしい命令が出たのだという。
すなわち、わたしの存在を監視し、逐一報告する。
そういう命令だ。
だから今回、こういう妙な流れになったともいえる。
そういえばプロスペールは、わたしが学校に行くつもりであることを知っている。
具体的には話さなかったけど、時間はあったから調べられたのだろうし、その上で男爵に入れ知恵した可能性は高い。
しかしあの男、わたしを放っておく気はない、ということね。
ずいぶん警戒されたものだ。
とはいえそんなことは今はいい。
事情が分かり、差し当たって実害が無さそうであるのならば、男爵も徹底的に利用させてもらうまで。
老い先短そうだし、いい夢を見させてあげるわ。
なんてことをつい口にしてしまったら、バフォにこの悪魔がって言われてしまった。
お前が言うなである。
さて、話を戻そう。
「とても……その、お似合いです」
平民と知ってすぐに手のひら反されるかと思ったのだけど、案に反してレグレンツィ伯爵令嬢はわたしを褒めてくれた。
その表情からすると、単なる社交辞令というわけでもなさそうだ。
なので素直にお礼を言っておく。
「そう? ありがとう」
わたしが着ているのは黒を基準としたドレス。
デュラフォアもそうだったけど、みんなわたしに黒を奨めるのよね。
なんでだろう。
「あの、ご一緒させていただいて……構いませんか?」
おずおずと、でも明らかに積極的に、伯爵令嬢はわたしに食いついてくる。
ちょっと前世を思い出してみる。
でもこの子との接点はなかったはずだ。
「いいけど……いいの? わたし平民よ? そんなのと仲良くしても」
「は、はい! お友達になっていただけるのなら」
「わたしは構わないわ」
奇特な貴族もいたものである。
まあまだ十三歳程度だし、身分などよりも単純な興味の方が勝る年齢なのかもしれないけれどね。
ともあれわたしの返答に、令嬢の顔がぱあっと明るくなった。
おお。
可愛いものである。
思い返してみると、ここしばらくわたしの周囲には男ばっかりだったような気がするから、何だかこういうのは新鮮でいいわね。
「ネロヴィア様と……お呼びしても?」
「じゃあクレーリアって呼ぶわ。いい?」
「はい!」
嬉しそうね。
こうも素直な感情は、こっちまでほっこりくるものだ。
ともあれ友達が一人できてしまった。
しかも入学初日で。
何という想定外。
前世と同じタイミングで入学したというのに、展開がけっこう違う。
あの時は周囲にしばらく相手にもされなかったのにね。
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