第22話 レオミュール男爵

       ◇


 わたしとシルヴェストルが迷宮にこもっている間に、わたしの王都行きの話はほぼ決定となった。

 団長が推してくれたこともあるけど、もうひとつは副団長のオーギュストの存在だ。


 彼もわたしのことを評価してくれていたようで、子爵に後押ししてくれたらしい。

 前世では彼を助けたことで、子爵の養女になったわけだしね。


 ただ今回はそこまで話は進んでいない。

 そういうわけで今回は前世と違い、平民として学院に通うことになる。


 と思っていたのだけど、


「レオミュール男爵?」


 予想外の話に、わたしはちょっと驚いていた。


「はい。話を耳にしたレオミュール卿があなたに興味があるようでして」


 そんな話を持ってきたのはオーギュストだ。

 迷宮からの帰還後、ほどなくしてのことである。


「レオミュール男爵……。うーん、あまり聞かない名前ね?」


 前世の記憶を辿ってみても、思い当たらない。

 誰だろう、という感じだ。


 もちろんわたしとて、王国の貴族の名前や顔を全部覚えているわけではない。

 でもこの王国は、あくまで連合王国だ。


 それぞれの貴族がかなりの裁量で領地を維持しているため、貴族の権力は強く、また独立性も高い。

 特に伯爵以上の貴族が有する土地やその規模、組織力を鑑みれば、ほぼ国といって差し支えないだろう。


 そして子爵や男爵といった小領主は近隣の伯爵以上の貴族を寄親として主従関係を結び、その勢力の一翼を担っている。


 このイステリア子爵家も、王国において北西部一帯に影響力を持つブルダリアス侯爵家の寄子だ。

 大迷宮の地図も、ブルダリアス侯爵家を通じて王に献上されたはず。


「それも仕方がないでしょう。レオミュール卿はご高齢であるし、跡継ぎもおられません。政界に顔を出すことも無くなって久しいのですから」


 そんなおじいちゃんが、なんでわたしを、である。

 具体的に何がかというと、


「卿はあなたを魔導爵に推挙したいとおっしゃっておられます」


 ということなのだ。


 ちなみに魔導爵というのは騎士爵と同じ、いわゆる勲功爵の類のこと。栄誉称号ともいえる。


「レオミュール卿はお若い頃、デザ―エンド大迷宮に挑まれたことがあったそうですよ」


 オーギュストの説明によると、そのおじいちゃんはかつて大迷宮に挑み、まああえなく逃げ帰った経験があるのだとか。


 多少魔法が使えたそうだけど、あまり強かったわけでもないらしい。

 そのせいか、そういった冒険譚に憧れを持っていたそうだ。


 そこに大迷宮を攻略したという話が出回り、そしてその攻略した張本人であるわたしに食いついた、という次第。

 つまり老後の道楽のようなものかな。


「レオミュール男爵家はブルダリアス侯爵家の寄子ですからね。男爵に懇願されて、侯爵も義理で動いたようなものでしょう」


 つまりこの話はブルダリアス侯爵家からの打診でもあるのだ。


「話はわかったけど……その、魔導爵というのは?」

「男爵のあなたへの手土産みたいなものでしょうね。男爵家は村がひとつしかない小さな領地です。財力もありませんし、物もありません。与えられるのは栄誉くらい。そういうことです」


 なるほど。


「でもそれってあくまで王国がくれるものでしょ? 男爵程度がそんなことできるの?」

「ですから実際に王国に働きかけるのはブルダリアス侯爵ですよ。とはいえそう簡単にはいきませんが」


 それはそうだと思う。

 いくら王様でも、ぽんぽん好き勝手に栄誉を授けていたら、価値が下がってしまうものね。


「まず第一条件として、あなたは男爵家の家人になってもらう必要があります」


 つまり従者、家来になれということだ。


「その代わり、王都での生活の全ての面倒を見てくれるそうです」

「ということは家人っていうのは建前で、パトロンになってくれるってことね?」

「そういう認識で問題ないかと思いますよ」


 ふぅむ。


 そのおじいちゃん、よほどわたしのことを気に入ってくれたらしい。ファン、ってやつかな。

 それとも他に理由があるのかも。


「もうひとつの条件は、迷宮攻略を証明することです」

「あの地図じゃあ……うん、まあ難しいわね」


 地図の真偽は実際に迷宮に入って確かめればいいのだけど、普通の人間が十層より先に行くのは難しい。

 大魔境の影響下に入ってしまうからだ。


「デザ―エンド大迷宮を攻略した者はいませんから、それが認められれば大変な名誉となるでしょう。魔法使いとしてのあなたがそれを為したのであれば、魔導爵の爵位を得ることも難しくはありません」


 魔導爵の序列は、男爵位の下のそのまた下、といったところだ。

 貴族と平民の間で準貴族、といった曖昧な立場になる。


 とはいえこの肩書を利用することで、行動範囲は広がる。

 ある意味で子爵家の養女などという立場よりも、利用価値があるのだ。


 とはいえ、それはそれで余計やっかまれる可能性も出てくる。


 これから実力を伸ばそうと考えている者も少なくないだろう入学者の中に、すでに確固たる実績を持った者がいるとなれば、憧れや羨望を通り過ぎて、ねたみやそねみを向けられたとしても不思議じゃない。


 もっとも周囲の人間を選別するのに、案外役に立つかもしれないけどね。


「ちなみにどうやって……というか、誰に対して証明すればいいの?」

「基本的には一定数の諸侯からの推薦があれば、でしょうか。あと陛下の裁量でも可能だと聞いたことがありますね。あとは……メールディング魔導候の推薦なども強力です」

「あ、なるほど」


 つまりゼトが推してくれればなれるのか。


 ちなみにメールディング魔導候というのは、賢者ゼトのことだ。


 ゼト・メールディング。

 彼も魔導爵を持っており、特別に魔導候という爵位を得て貴族に劣らない特権を有している。


 王国でも屈指の魔法使いで、賢者とか呼ばれている凄いひとであることは、ある一面において正しい評価である。でも実際には長生きし過ぎの偏屈じじいといった方がわかりやすい。


 そして女好きのくせして、わたしとの相性は悪かったし。

 だから今回も、彼が素直にわたしを認めるとも思えない。


「ま、そっちに関しては気持ちだけで十分よ」


 くれるというのならもらっておこうかと思った魔導爵だけど、今の段階で無理して手に入れるほどのものでもないと、判断する。


「……では、レオミュール卿にお断りを?」

「いいえ。そっちは受けるわ。手土産は不要と言っているだけ」


 わたしに王都での伝手はまったくない。

 現段階であるとすれば、このイステリア子爵家くらいのもの。

 そこにもう一つ、レオミュール男爵家が加わるというのであれば、大事にしておくべきだろう。


 仮に男爵が何らかの目論見でわたしを利用しようと考えていたとしても、それは構わない。

 こっちはこっちで利用するだけのこと。

 今何より欲しいのはきっかけだ。


「存外欲が無いのですね」


 意外そうにオーギュストは言う。


「そうかしら」


 暴力をある程度手に入れた以上、次は権力や財力だ。

 でもそれらは復讐のための武器や手段であって、別に目的というわけでもない。


 そういうところがあるいは無欲に映るのかな。

 意外に見る目があるのかもね、オーギュストって。


 長男だったら子爵家を継いで、そこそこの領主になったのだろうにね。

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