第21話 シルヴェストルの修行
◇
というわけで、わたしはもう一度デザ―エンド大迷宮にこもることになった。
でも一人じゃない。
シルヴェストルを連れてだ。
「あはははははっ! なに? その程度? じゃあ死ぬ? もう死ぬ?」
「くっそおおおおおっ!」
わたしが操るスケルトン十数体に包囲されていたシルヴェストルは、火事場の馬鹿力で剣を一閃させ、一度に十体近くを粉々にしてみせた。
そして残り数体のスケルトンなど見向きもせず、わたしへと襲い掛かってくる。
「泣かす! 一度泣かす――――ごべらぁあああ!?」
馬鹿みたいに一直線に向かって来たシルヴェストルへと向けて、狂乱の杖をフルスイング。
骨を砕き、内臓を破裂させて血反吐を撒き散らしながら、彼は飛んでいった。
「相変わらず飛ぶわね」
遠くでどさり、と落下音。
だいぶわたしも手加減がうまくなってきた。
致命傷を避けて身体をとことん破壊する。
そういうのにも慣れてきたし。
「いや、こわすぎだろ。拷問だって、もうちっとは優しいんもんだろーに」
というのは足元にいる黒い毛玉。
一見するとネコ。
でも見る者が見れば、ネコに似た妖精だと分かる。
だからケット・シーかと思いきや、確かに外見はそうなのだけど、中身は違うのだ。
「はあ? わたしが拷問したらこんなものじゃすまないわよ?」
「うへえ……」
悪魔のくせに、たかだか拷問くらいで嫌な顔するなって言いたい。
それにわたし、拷問なんかしたことないのにね。
ちなみにこの毛玉、名をバフォメットという。
魔族領を出る際に、プロスペールが渡してきたエルキュールのペットとか何とか。
その正体はエルキュールと契約している悪魔だ。
わたしは前世でこいつと会っている。
「てかネロヴィア。とっとと治してやんねーと、あんちゃん死ぬぜ?」
「あと一分くらいは大丈夫よ」
先に倒し損ねたスケルトン数体にボコられているシルヴェストルを眺めながら、正確に判断する。
「悪魔かよ」
いちいちうるさい奴だ。
「これくらいしないと強くなれないわよ」
「強くなる前に死ぬじゃん。本末転倒って言葉、知って――ぎゃん!?」
蹴っ飛ばされたバフォがどこかに転がっていった。
見向きもせずに、シルヴェストルのとこへと向かう。
「はいはい。ちょっとみんな休憩ね」
そう言えば、ぴたりと止まるスケルトンたち。
その足元には、死にかけているシルヴェストルがぼろぼろになって倒れている。
とりあえず外傷を治す。
以前よりも治りが遅くなった。
これは彼のレベルが上がっている証拠。
でもまだまだね。
「て、てめー、殺す気か……!?」
怨嗟の声と共に、先に復活したのはバフォの方。
「小娘に蹴られたくらいで死ぬ悪魔ってなに?」
「誰が小娘だよ! てか俺様は今はケット・シーに擬態してんだから、見た目もアレだし、もちっと可愛がれよ!」
抗議は無視。
まあバフォの言うように、今の姿は仮初のものらしい。
山羊の悪魔だったものね。
未来のバフォがわたしを過去に戻してくれたわけだけど、過去のバフォはわたしのことを知らなかった。
でもエルキュールからわたしの存在を耳にして、興味本位でどこからか見ていたらしいけど、それでぴんときたらしい。
わたしが未来の自分と契約した存在であると。
ただ今のバフォはエルキュールと契約中。
だから本体はあっちのまま、分体のような切れ端を分離させて、わたしにくっついて来たらしい。
まあ、一応は恩義のある相手。
邪険にするつもりもないのだけど……。
何かこう、素直になれないのよね。
◇
「くそ! 不味い! でもうまいっ……!」
訳の分からない感想を口にしつつ、シルヴェストルは肉をがっついていた。
レディの前ではしたないとか、そういう感情はすでに無くしてしまったらしい。
「ちゃんと食べることね。傷は治っても体力はそうはいかないし」
魔法の火を絶やすことなく維持し、適度に火力調整したそれでどんどん肉を焼いていく。
肉。
いい響き。
わたしも好きだ。
でもシルヴェストルが食べているのは、得体の知れないモンスターの肉である。
こんな大迷宮の中でまともな肉などあろうはずもない。
わたしと違って魔力を生命力に変換する術のないシルヴェストルは、こうやってしっかりと補給しないと飢えて死んでしまうのだ。
その辺りの管理も抜かりない。
しばらくむしゃむしゃやっていたシルヴェストルだったけど、やがて満腹になったのかひっくり返る。
「食べてすぐ寝ると身体に悪いわよ?」
「いや……お前にそう言われてもな……」
「まったくだぜ」
身体をボコボコにしておきながら、何まっとうに心配してるんだって感じかな。
一緒になって同意してくるバフォの方は睨んで黙らせておいた。
「なあ俺、少しは強くなってるか?」
「たぶんね」
自分のレベルは比較的簡単に知れるけど、他人のレベルはそうはいかない。
「わたしの見立てでは30目前くらいだと思うわ」
「はあ、うそだろ……」
信じられん、とばかりに天を仰ぐシルヴェストル。
大迷宮にこもってまだ十日ほど。
本人からすれば驚異的な成長速度なのだろう。
まだコボルト・ゾンビ相手はきついとは思うが、それももうちょっと、といったところかな。
やはり潜在能力があるだけあって、成長は遅くはない。
「少しもそんな気がしないんだが」
「成長に合わせて難度上げているし」
「でも時々ネロヴィアに挑んでみても、いつも一撃で粉砕されるんだが」
今日も吹っ飛んでいたものね。
「しかもけっこうノリノリでやってくれるしな……へこむわ」
わたしの悪役っぽいのりを言っているのだろう。
でもその方が雰囲気出るしね?
「ていうか、何でこんな肉とか食えるの知ってるんだ」
「何でって」
そんなのシルヴェストルに教えてもらったからに決まっている。
今でこそわたしがシルヴェストルを鍛えているけど、前世ではむしろ逆だったのだ。
「……そんなのどうでもいいから、早く強くなることね。わたしもあなたをいじめなくてすむし」
「だからへこむって」
やるからには徹底的にやるのがわたしの信条である。
「このままやられっぱなしかあ……。お前はもうあっちに行ってしまうし」
「もう少しで王国騎士団の入団基準を満たすでしょ? そうしたら来ればいいじゃない」
「俺が王国の騎士? ガラじゃないな」
前世ではしたり顔で入団してきたくせに、何を言っているんだか。
「そういうお前はなんで王都に行こうって思ったんだ?」
「だから学院に入学したいから」
「その先のことを聞いてるんだよ」
ああ、そういうこと。
「次の聖女を目指してみようかなって」
別に隠すことでもないので、素直に答えておく。
「はあ?」
でもシルヴェストルは聞き捨てならなかったらしい。
それまでひっくり返っていたのに、上半身を起こしてまじまじとわたしを見返してくる。
「いや、まじで?」
「まじで」
「……ネロヴィアの場合、聖女っていうよりは魔女だよな。見た目も性格も」
「黒い服着てるからって、偏見よ」
そもそも魔女とは何なのだろう?
別にそういう職種があるわけでもないし、魔法使いの女が魔女と呼ばれているわけでもない。
聖女という存在が実際にいるせいで生まれてしまった、対称のイメージが漠然と具現化した存在、といったところなのだろうか。
「別に魔女が聖女してたっていいんじゃない?」
わたしなどはそう思うのだけど。
「そういう発想はないな」
シルヴェストルなどはぴんとこないらしい。
「そもそもどうして聖女なんかになりたいんだ?」
復讐のため。
一言で答えるならその目的のため、ということになるけれど、さすがにそのまま口にする気はない。
「何か世界征服? できそうだし」
「おい」
「でも聖女になれば、この大陸の半分を支配したも同然でしょ?」
「そりゃそうかもしれんが」
シルヴェストルは呆れているような。
「そういう発想するやつは、聖女なんかになれないようにできてるだろ。きっと」
そんなわけが無い。
どう考えてもセレスティアが聖人君子のわけがない。
あれが聖女になれるんだったら、魔女だってなれるだろう。
だからわたしがなれない道理はないはずなのだ。
「しかしまあ」
そこでどうしてかシルヴェストルは笑った。
「そういう発想ならネロヴィアらしいな。なるほど納得だ」
変なところで納得してくれたらしい。
「じゃあ手伝ってくれる?」
「うん?」
「シルヴェストルは早く強くなって、わたしを助けに来いって言っているの」
「おいおい」
返ってきたのは苦笑。
「俺より強いってのに、必要あるのか?」
「あるわよ」
そんなの当たり前だ。
「どんなに強くても、一人だとどうにもならない時ってあるもの」
「そんなものか」
「そんなものよ」
そう。
仲間は一人でも多い方がいい。
わたしは一人で何でもできるなんて、己惚れているつもりはないしね。
それにもうひとつ。
もっと大事なことがある。
「あの女にとられるのだけは絶対に嫌だから」
油断していればそうなる可能性は十分にある。
わたしはセレスティアを侮ったりしない。
「どういう意味だ?」
「別に」
つい口に出してしまったことを後悔しつつ、わたしは話を打ち切った。
とにかく今はシルヴェストルを強くすること。
それに集中しよう。
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