第20話 学院入学への要請
よくぞ驚いてくれた。
開いた魔法紙にはびっちりと、デザ―エンド大迷宮の詳細な地図が描かれていたからである。
しかもわたし謹製の魔法紙。
水に濡れても溶けないし、火でもそうそうは燃えない特級の紙に、魔法のインキで記したものだ。
王国の歴史書や魔法書に使用されるレベルの高級品である。
何故こんなものがあるかといえば、騎士団に帰るにしても後のことを考えて、手土産のひとつくらいは必要だと思ったからだ。
攻略されていないダンジョンの地図の価値は計り知れない。
そう思い、ラグナグラストに滞在中に作成していたのだった。
「売ればお金になるんじゃない?」
「これは値がつけられるようなものではなし、そもそも売っていいものでもない。主君を通じて王国に納めるべきレベルのものだぞ……!」
え、そんなことするの?
せっかく作ったのに、場合によっては禁書になっちゃうじゃない。
……でもまあ、それはそれでいいのかも。
「じゃあそれをイステリア卿が納めれば、子爵家の家格向上にはなるでしょ?」
「それは……確かに」
このイステリア子爵領は特にこれといった資源もなく、産業もなく、人口も少なく、あるのは例の大迷宮くらい。
辺境域の貴族ということで、王国における家格は必ずしも高くはないのだ。
前世のわたしが子爵の養女になって王都に行った際、わたしが平民出ということもあったとはいえ、けっこういじめられたものである。
今思うとよく耐えたものだ。
聖女候補にならなかったら、世を儚んでいたかもしれないくらいである。
ともあれ、これといって何も差し出せない子爵家が、この地図をしかるべきルートで差し出せば、それなりの見返りは得ることができるだろう。
直接王に献上するなどもっての他。
格好つけすぎである。
仮に褒章をもらえたとしても、他の貴族にやっかまれかねないしね。
それよりもそれらしい上級貴族を見繕って彼らの功とさせ、そのおこぼれをもらう程度にしておくのが一番である。
そして現在の貴族社会の知識をある程度知っているわたしにしてみれば、当てはあるというものだ。
「それならわたしの功にならない?」
「何か望みがあると?」
「ええ。王都に行きたいの。騎士魔導学院への推薦状を、イステリア卿に書いていただきたいわ」
前世では子爵の養女となったことで、ほぼ強制的に騎士魔導学院に通うことになった。
今は長らく休戦状態とはいえ、長らく魔族との戦争が絶えない世界である。
その際、貴族たちは戦力の中核として期待されており、それを果たす義務がある。
いわゆるノブレス・オブリージュとかいうものだ。
そのため貴族は十三歳の時点で騎士魔導学院へ入学し、教育を受けなければならない。
現在騎士団の副団長をやっているオーギュストも、かつては在学していたはずだ。
とはいえ貴族だけでは、さすがに数が足りない。
そこで平民枠も設けられている。
というか平民の方が多い。
こちらは一定の条件を満たさないと入学は至難であるけど、貴族のお墨付きがあれば何のその、というやつだ。
それを子爵に書いてもらおう、という算段である。
「学院、か……」
しかしデフォルジュ団長は渋い顔。
なんでだろう。
「あそこは貴族社会……というか、社会の縮図のような場所だ」
何か面白くないことでも思い出すかのように、団長は語り出す。
「平民出の生徒の肩身は狭い。今まで漠然としてあった身分の差を、まじまじと思い知らされることになる」
ああ、なるほど。
そういうことね。
貴族とはいえ十代なんて、まだまだお子様。
しかも十二年以上、良くも悪くも選民的な環境の中で生きてきたのだ。
学園内では基本、貴族や平民といった身分差は取り払われる。
でも突然、下位の存在だったはずの平民と肩を並べることになった時、貴族の子弟たちはどんな反応、行動をするのか。
わたしは経験上知っている。
貴族の中であっても派閥を作っていろいろやからすというのに、平民相手に何を遠慮するか、というわけだ。
そしてあの学院、けっこう人が死ぬ。
おもに平民が、だけど。
その程度には平民の命は軽い場所なのだ。
「それに君の場合、その性格だからな」
何ともいえない表情で団長は言う。
「あは。わたしって生意気だものね」
前世のようにネコを被って生きたりしないと決めたこともあり、基本、わたしの本性はだだ漏れだ。
何といってもエルキュール相手にだって変えなかったのだから。
「心配してくれるんだ」
「君は命の恩人であるからな」
前世でわたしと団長にほとんど接点はない。
でもここでは違う。
命を助けられたことを恩に感じているのか、団長は何かと親身になってくれているのだ。
「団長は平民出身だったわね。あの学院に?」
「三十年以上も昔のことだな。どうにか王国騎士団に入れるかどうかというところまで漕ぎつけたが、結局故郷に戻ることを選んだ」
団長は多くを語らなかったけど、色々あったのだろう。
でも王国騎士団の入団条件を満たしていたかもしれないとなると、わたしが思っていたよりもこの団長、優秀だったのかも。
「君の才能はよく分かっているつもりだ。あの大迷宮を攻略したような逸材をここに置いておくのは、それこそこの地図と同じだろう。しかし心配なのだよ」
心配する両親からわたしを引っ張って来た人物の言葉とは思えないけど、人間なんてこんなものだ。
「ふふ、ありがとう。でもわたしは行きたいの。どうしても行かなくちゃいけないから。駄目と言われても行ってみせるわ」
「ここに来たのは、君なりの義理だな」
「そうかもね」
否定はしない。
例え推薦状をもらえなかったとしても、わたしは王都に行ったはずだ。
金銭でも暴力でも何でもいい。
使えるものは全部使って目的を果たすために。
「子爵には話してみよう。……しかし時間はまだある。それまでは我々の元にいてくれるのだろう?」
「もちろん。ちょっとシルヴェストルを鍛えておこうって思っているから」
「ほう」
「一人でコボルト・ロードを倒せるくらいまでには強くしてみせるわ。少しはわたしの代わりになるでしょ?」
おいおいは彼も王都に集うことになるだろうけど、今はひたすら修行してもらっておこう。
目標としては、ひと月みっちり修行して、レベルを20は上げる。
今のシルヴェストルのレベルは、たぶん19くらい。
40前後のレベルになれば、十層を守るコボルト・ゾンビとほぼ互角。
わたしが聖域魔法をかけてやれば、大魔境のデバフも無視できる。
大迷宮で
ともあれあれを倒すのを見届けた上で、王都に旅立ちたいものだ。
「シルヴェストルを気に入っているようだな」
「というか、何か危なっかしくて」
前世では常にわたしの先をいっていたシルヴェストルだったけど、今では逆転してしまった。
ならわたしが導いてやればいい。
あのプロスペールのぶった切ったことに関して、わたしは高く評価しているのだから。
「あれは強くなるかな?」
「なるわ」
そこだけは、自信満々にわたしは請け負ったのだ。
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