第18話 ラグナグラストをあとに

       ◇


「なん――だこれはぁああ!?」


 またデュラフォアが壊れた。


「何だって。ちゃんとドラゴンゾンビ、倒したわよ?」


 後悔しても仕方が無いので、わたしはもう開き直っている。

 でもヘルと一緒になって戻って来たデュラフォアにすれば、いろいろ言いたいこともあるのだろう。

 聞かないけど。


「城はどこに!?」

「あるじゃない。崩れているけど」

「何故!?」

「そりゃあ……あのドラゴン、あの図体で暴れていたし……ね?」


 責任転嫁してみる。

 通じるといいな。


「貴君の仕業であろうが!」


 ダメだったみたい。


「人聞き悪いわね。ちょっとお城が壊れただけでしょ?」

「ちょっとなどではなあああぁい!」

「怒らないでよ」


 わたしは唇を尖らす。


 さて。

 まず視界が一変していた。


 どこまでも見渡せる晴天。

 いい天気。

 どうやらわたしのあの魔法のせいで、悪天候が全て消滅してしまったらしい。


 魔法の威力でそうなった、というよりは、魔法の威力のための糧とされて、消えてしまった、というところか。

 そしてそのせいで、ひどく視界が良くなってしまったのだ。


 何もない。

 あるのは焦げた瓦礫だけ。


 氷麗城は完全に崩れ落ち、城下は消滅。

 綺麗なものである。


 まあひとつの都市を完全に滅ぼしたといった感じだ。

 生きている者への被害は無かったと思うけど、歴史的建築物を破壊したとか言われて怒られないか心配である。


 あと大幅にレベルが上がっている感じ。

 ちょっと見るのが怖いくらいに。


 さすがに元は冥竜を倒しただけのことはあるかな。

 あとでこっそり確認しておこう。


「気軽に封印魔法を使うとか、この世界を滅ぼす気かっ!」

「大げさね。たかだか城がひとつ吹き飛んだだけじゃないの。ねえ、ヘル?」

「ギィ」

「ほら。大したことないって言ってるわよ?」


 わたしの勝手な意訳に、デュラフォアが頭を抱えていた。

 落ち込む道化って、シュールよね。


「それより疲れたのよね。魔力も減っちゃったし」


 一日中戦っていたのだ。

 実はけっこう眠い。


 と、ヘルがぐいっとその首を差し出してくる。

 どうやら血を飲んでいいらしい。

 可愛い子だ。


 デュラフォアの前だけど、まあいいか。

 何だか傷心しているし、抹殺しないでおいてあげよう。


「じゃあいただくわ」


 鱗を引き剥がし、皮膚に爪をたてて突き破り、溢れた血をすする。


 美味しい。

 たまらないわね……これ。


 こくり、こくりと飲み干していく。

 それを茫然と見返すデュラフォア。


「……あげないわよ?」


 口の端から血を滴らせつつ、一応釘を刺しておけば。


「この世の終わりでも始まるのか」


 そんな意味不明な感想を洩らすデュラフォアだった。


       ◇


「じゃあ行くわね」


 ゼクスティカを壊滅させてから一ヶ月。

 わたしは予定よりも早く、魔族領から帰還することになった。


「二度と戻ってこなくて結構ですからね」


 にこやかにそんな風に言うのはプロスペール。

 相も変わらず憎たらしい笑顔だ。


 ちなみにゼクスティカの件はお咎め無し。


 もともとひとはいなかったし、立ち入れるような地でもなかったし、結果的にアンデッドは全て駆逐して綺麗さっぱりさせたのだから、そもそも怒られる要素などどこにもなかったのだ。


 ただわたしの処遇が問題になったことは間違いない。

 あまりに異常な存在、とでも思われたのだろう。

 わたしもちょっとやりすぎで成長してしまったかなとは思わないでもないけど、反省はしないのだ。


 現在のわたしのレベルは88。

 前世を越えてしまっている。


 魔法使いとしては言わずもがな、史上最高水準の戦士相手にだって、たぶん素手でけっこうボコれる程度には非常識な力持ちになってしまったと思う。


 この前、兵卒の訓練に戯れで付き合っていた際、指を弾いただけで、振り下ろされた剣を砕いてしまったりしたのだけど、ちょっとあれには驚いたわよね。


 ここまで強くなってしまうと、むしろ手加減を覚えないと危険だ。だって柔らかい人間なんて、すぐにぐしゃぐしゃにしてしまうから。


 ドラゴンがひとを軽くぽーんと叩いたら、そのまま破裂するようなものである。

 気をつけないとね。


 で、そんなわたしをどうするか。

 このまま帰していいのか。


 そんな議論はあったのだろう。

 プロスペールあたりは絶対にわたしの抹殺を進言したはずだ。

 でもエルキュールの判断で、わたしへの一切の不自由や束縛は無かったのである。


 そんなエルキュールには、昨日の時点ですでに挨拶はしている。

 デュラフォアは休養のために、十日くらい前にデザーエンドに戻ってしまった。

 だから見送りはプロスペールだけ。


「別に戻る気もないけど、どうせまた会うわよ?」


 放っておけば戦争だ。

 前世では同じ魔法使い同士ということもあって、けっこうやりあったし。


 以前ならゼトと一緒でどうにか渡り合える相手だったけど、今なら一人でも案外何とかなるかもね。


「心からお断りします」

「ま、会わなくてもいいような未来の方が、お互いに幸運かもね」


 これからどうなるかは知らない。

 わたしの立ち回り次第によっては、戦争自体が起きないかも知れない。

 未来を知っているわたしでも、あんな未来は願い下げなので、どうなるかは分からないのだ。


「そういう貴女はこれからどうするのです?」

「学校行くのよ。来年十三歳だし」

「……今さら行く必要があるのですか?」

「あるわよ?」


 わたしはあっちで成り上がる。

 前世などよりももっともっと成り上がってみせる。


 つまり聖女を目指すのだ。

 わたしのセレスティアへの復讐は、まずそこからである。


 そして権力という権力を手に入れて見せる。

 ついでに財力なんかもあるといいかな。


 その上で社会的に抹殺してやろう。

 暴力は最後の最後でいい。


 今のわたしの力なら、セレスティアを見つけ次第、ぐしゃっと潰してしまうのは簡単なのかもしれない。


 でもわたしがそんなに優しいわけがないでしょ?


 だってあの女、あの時わたしを殺そうとしなかったんだから。

 まだまだ利用しようとしていたのだから。


 もちろん、後悔させてやる。


 それでもまず圧倒的な力を身に付けることを優先したのは、世の中結局最後は暴力で解決するものだということを知っているからだ。


 つまり転ばぬ先の杖。

 そういうことである。


 それにもうひとつ、単純な可能性の問題もあった。

 今、わたしはセレスティアひとりを復讐の対象としている。


 でも実際にはどうだったのだろうか?


 本当にセレスティアひとりがわたしを陥れたのだろうか。

 もっと周到な準備がなされて実行されていたのではないだろうか。


 その可能性は十二分にあるはず。

 だからそれをあぶりだす。


 時間をかけて、権力を手に入れて。

 そうして見つけた輩には当然ながら、同じように復讐する。


 迂遠な方法をとるのは、そういった意図もあってのこと。

 主犯だけ罰して後は許してあげられるほど、わたしは寛大じゃないのだ。


「貴女が学校ですか。……ちょっとした地獄ですね」

「なに想像しているのよ?」

「いえ。あちらの若人たちが気の毒で」

「……もう一度踏まれておく?」


 半眼でそう言えば、プロスペールは三歩ほど後ずさった。


「まあいいわ。あ、デュラフォアにもよろしく。胃に穴があいて休養とか、ほんとに四天王かって感じだけど」

「貴女のせいですよ」

「人聞きが悪いわね」


 心労でデュラフォアがぶっ倒れたので治癒してあげようしたら、わたしの目の前でげろげろ吐くし。


 そんなわけでプロスペール曰く、デュラフォアにとっての最良の薬はわたしから離れることだとか抜かしたのだ。

 それで休養。


 帰りに見舞いに行ったら、また吐くんだろうな。

 失礼な奴だ。


「もう行くわ」


 思い出していたら腹が立ってきたので、さっさと出立することにした。


「そうですか。では最後にこれを」


 うん?

 お土産でもくれるのかな。


 とか期待したらこの男、魔法を発動させやがったのだ。


 最後まで喧嘩売る気かと思ったけど、違う。

 プロスペールが発動したのは召喚魔法だったからだ。


「……何出す気よ?」

「陛下からの預かりものです」


 地面に浮かぶのは、ごく小さな魔法陣。

 魔力も大したことはない。


 しばらく眺めていたら、ぽん、と何かが現れた。

 黒い毛玉。


「ネコ?」


 見た目はそんな感じ。

 でも何か違う。


「妖精? なにこれ?」


 たぶんケット・シーか何かだ。


「陛下のペットですよ。私も詳しいことは知りませんが、貴女に渡すようにと」


 エルキュールがペット。

 ちょっと想像つかないな。


「だからどうしてわたしに?」

「渡せばわかるとおっしゃっていましたが」

「わからないわよ」


 素直にそう言うしかない。


「わたし、ペットを飼う趣味なんてないわよ?」

「ニヴルヘル・ドラゴンを飼っておいて、よく言いますね」


 あれってペットなのだろうか。

 移動手段として重宝しているから、最近いつも一緒だけど。


「とにかく受け取って下さい。陛下のご命令です」

「ふーん……。意味わかんないけど……」


 じっと黒いネコを見る。


 何かふてぶてしい顔しているわね。

 率直に言って、可愛くない。


「勝手についてくるっていうのなら、ついてくれば?」


 それで許可を得たとばかりに、黒ネコはすたすたと歩み寄ってきた。


「ではお達者で」

「そっちもね」


 わたしは傍にいたヘルの背に、ひょいっと横座りになる。

 ついでに飛び乗ってくるネコ。


 そしてヘルの翼がはばたき、ふわりと優しく空に舞い上がる。

 そんなわたしたちを見上げながら、プロスペールは最後に言ったのだった。


「――それの名前、バフォメットというそうですよ。ケット・シーではありませんので悪しからず」

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