第16話 ドラゴンゾンビ(前編)


       ◇


「やっぱりプロスペールって最低よね! 確信犯でしょこれ!?」


 氷麗城ゼクスティカ。

 そこは想像以上に酷い有様だった。


 氷に閉ざされた都市。

 季節的にあり得ない吹雪。


 元は魔族やモンスターであったのであろう、さまざまな種のアンデッド。

 スケルトンよりもゾンビタイプの方が目立つのは、この地の気温のせいだろうか。

 あとゴーストなんかもうじゃうじゃいる。


 そしてそれらの中心で暴れているのが、全長十メートル以上はありそうな巨体のドラゴンだ。

 それもいい感じで腐っている。


 正式な名称は知らないけど、ドラゴンゾンビで間違いない。

 元はあれだろう。ヘルの親だった個体。


 凄まじい数のアンデッドを従えて、猛吹雪の中、負のオーラをこれでもかって放っていた。

 壮麗なお城を背景にして。


 物凄い終末感。

 この世の終わりな光景である。


「絶対わたしを始末する気でここを選んだでしょ! ねえ聞いてる!? 何凍ってるのよ!」


 雪に埋もれでぶっ倒れているデュラフォアを蹴り飛ばして目を覚ませ、足首を引っ掴むとヘルの背中に放り投げてやった。


「とりあえず安全圏まで連れて行って! 早く!」

「ギィ!」

「わたしは後よ。というかやるだけやってみるわよ!」


 そうそう逃げてなるものか。

 でもそれにはとりあえず邪魔なデュラフォアを離脱させないと、どうにもならない。


 ヘルはしばし迷っていたようだけど、結局命令に従ってくれた。

 これで少しは身軽になる。


「帰ったらプロスペールの奴、絶対に殴って蹴って、御免なさいって泣いて許しを請うまで靴を舐めさせてやるわ……!」


 確かにニヴルヘル・ドラゴンは死んでいる。

 でもそれがアンデッド化してさらに狂暴化しているなんて聞いていない。

 しかもとんでもない強さだ。


 デュラフォアなんかはすぐにやられてしまった。

 到着早々城下にいたドラゴンゾンビに不意打ちで〝死者の吐息〟を広範囲に受けたのである。


 これがひどい。

 いわゆる最上級のゾンビ・ブレスであり、耐性や対策をしておかないと、一発でアンデッド化してしまうという極悪な代物だったのだ。


 もっとも死霊に対して耐性のあるわたしやヘルには効果無しだったけれど、ワイバーンは一発で腐り落ち、今や哀れアンデッドたちの仲間入りを果たしている。


 そしてデュラフォアも死にかけた。

 これでゾンビ化してしまうと、いくら身体が残っていても蘇生は不可能だ。

 わたしが迅速に死霊魔法と神聖魔法の併用で毒性を取り除かなかったら、彼もまた腐った死体と化していたことだろう。


 それにしてもあの男、本当に弱い。

 四天王の名が泣くとはこのことだ。


 今度鍛えてやる。

 覚悟していろというのだ。


「ま、わたしも逃げた方がいいのかもしれないけど」


 目の前にはドラゴンゾンビの巨体。

 狂暴化しているものの、知性は無い。

 それはアンデッドに共通すること。


 彼らは生者を見たら襲う。それだけの存在。

 もし自律的に動いている輩がいたとすれば、ネクロマンシーに支配され、命令を受けた上でのことだろう。


「でも美味しいわよね」


 別に食べるとかそういう意味ではなく、この経験が、ということである。


 格上のドラゴン。

 でもアンデッドなのだ。


 そしてわたしはネクロマンサー。

 アンデッドからすれば、支配者である。


 つまり相性がいい。

 向こうにとっては悪い。

 そういう関係なのだ。


「まずは雑魚を一掃してやるわ」


 ドラゴンゾンビのことはあとだ。

 わらわらと集まってくる無数のアンデッド。

 どうせこの都市は無人。

 遠慮の必要などなにもない。


「〝死に損ねたものに火葬をデ・ラルバ・イス・ゼナス〟――しかして〝残り火は災いの種なりノス・アクトゥ・デス・ペタルタ〟」


 アンデッドに効果的な火の魔法。


 それをプロスペールがやっていたのを真似て、増幅魔法で効果を上げる。

 より高威力、広範囲になるように。


 密集度合いにもよるけど、人間の軍勢相手ならば、軽く千は殺せる威力と規模。

 一対一だとレベルの高い戦士相手に魔法使いは相性が悪いものの、一対複数で低レベルの存在を相手にする場合、魔法とは極悪になるのだ。


 猛火がわたしを中心に、都市の一帯を蹂躙する。

 巻き込まれて焼き滅ぼされていくアンデッドたち。


 その炎はドラゴンゾンビも巻き込んだけど、嫌がる素振りはみせたものの、さすがに大したダメージはないようだ。

 でもダメージが入ったこと自体を脅威に感じたのか、凄まじい勢いで突進してくる。


「でかい図体のくせに!」


 早い。

 でも敏捷性ならこっちの方が上だ。

 レベルによる身体能力を駆使して逃げ回る。


 魔法の通じない敵が現れた際、どちらかといえば脆い魔法使いは簡単にやられてしまう。

 前世で経験済み。


 だから最初から戦士に負けないくらいの鍛錬をしている。

 そういうわたしの意思に従って、ステータスもしっかりついてきているようだ。


 たぶん、現段階で前世よりも身体能力はもう上回っているのは間違いない。

 ヘルの生き血のおかげでもあるのだろうけど。


 ちょこまかと逃げ回るわたしを鬱陶しいと思ったのか、何度も何度も踏み潰そうとするけど、簡単に踏まれてなんかやらない。

 例のどこにでも出没する黒い悪夢――蜚蠊を人間が叩き潰そうとしても、動き回られていてはまず捉えられないのと同じ。


 あれを仕留めるには、動きの止まったところで不意を突くしかないのだ。

 あとは家ごと焼き尽くすか。


 でもドラゴンゾンビは――というか、アンデッド自体がそうだけど、支配者がいないと魔法も使えない。

 結局のところ、魔法の通じないアンデッドに遭遇した場合は殴り合うしかないのだ。


「ほぅら!」


 巨体だから隙はいくらでも見出せる。

 わたしは持っていた杖を魔法でガチガチに固めると、思い切りぶつけてやった。

 腐肉が飛び散り、さらにはドラゴンの骨格の一部が粉々になる。


「へえ、砕けるんだ」


 効果あり。

 なら継続だ。


 もう二、三発お見舞いする。

 たまらず牙を見せてきたので、その牙も打ち砕いてやった。

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