第15話 召喚魔法とヘル

 

      ◇


 結論からいえば、ワイバーンを借りずにすむことになった。

 他のものを用立てることができたからである。


 というかわたしは基本的にプロスペールのことを信用していない。

 そんな奴の申し出をまともに受けるほど、おめでたくはないのだ。


「もはや意味がわかりませんね……」


 そんなプロスペールもさすがに呆れていた。


「なんでよ? 合理的でしょ」


 例のずたぼろになった闘技場を借りて、わたしは初の召喚魔法を試してみたのだ。


 前世のわたしはそこそこ自慢できるレベルの魔法使いだったけど、ゼトみたいに何でもかんでもできたわけじゃない。

 実際死霊魔法に偏っていたし。


 で、召喚魔法も習得しなかった。

 降霊魔法は使えるのだけどね。


 残念ながら空飛ぶアンデッドに心当たりがなかったから、まっとうに召喚魔法を習得することにしたわけである。


 プロスペールはさすがに心得があったようで、何かすごく警戒していたっぽいけど、こんな少女のお願いを断るなんて魔族のクズだって言い触らす、って付け加えたら、快く教えてくれたのだ。


 ちなみにもう何日かこの城にいるし、大物であるプロスペールやらデュラフォアが常に傍にいることもあって、城内の者にはわたしが何かしらのビップだと思われているらしい。


 見た目の年齢があれなので、誰か幹部連中――もしくは魔王の息女ではないか、なんて無責任な噂もたつくらいだ。

 そういう噂は逆手に取るもの。


 わたしは城内の散策ついでに会う人全てに親しく振舞って、好感を得るように打算的な行動をとった。

 この外見であるし、何か重要人物っぽいし、あと聖女候補だった口八丁を舐めてはいけない。


 人気をとるのはむしろ仕事の一つだったしね。

 ……あのくそ女よりはうまくなかったのは認めるけど。


 そんなわたしをどんよりした目で見ていたのはデュラフォアで、またプロスペールですら危機感を覚えたらしい。

 わたしの影響力を侮るからだ。


 それはそれとして、プロスペールが呆れたのは別の理由によるものである。

 つまり、習得した召喚の結果に対して。


 わたしが初めての召喚で何を呼び出したのか。

 そこである。


「……デュラフォア卿。どうしてこのような者を連れてきたのですか」

「それは導師よ。貴公の許可を得たからであるが」

「卿の報告に不備があったようですね」

「伝えられることは全て伝えたはず。判断を誤ったのは導師であろう」

「責任転嫁ですか?」

「責任をとるのは上役であると決まっている」


 などと、何やら二人が言い合っていた。

 本人を目の前に失礼な奴らである。


 ちなみにプロスペールは周囲から導師などと呼ばれているようだ。

 まあどうでもいいけれど。


 わたしは無事召喚に応じてくれた相手に近寄ると、大人しくしているそれの頭を撫でてやる。


「ギィ」


 声を上げて擦り寄ってきた三メートルほどの巨体は、まあドラゴンとしては相当に小柄な方だ。

 なのでミニ・ドラゴンとか勝手に名付けたくらいである。


「ちゃんと覚えていてくれたのね。偉いわ」


 そう。

 デザーエンド大迷宮四十九層にいたドラゴンの赤子。

 その正体はニヴルヘル・ドラゴン――いわゆる冥竜だ。


 恐らくこの世でもっともわたしと縁のあるモンスターであり、図らずも調教済でもあるおあつらえ向きの存在だ。

 翼もちゃんとあるしね。


 あれだけ血を飲ませてもらったせいか何なのか、多少ならずわたしの身体も変質したのは間違いない。

 レベル以上にステータスが上がっているっぽいのが証拠だ。


 その変質の結果、もしかするとわたしの存在自体が、ドラゴンっぽくなっているのかもしれないわね。

 鱗とか生えてきたらどうしよう。


「プロスペールが捨てたのをわたしが拾ったんだから、文句は無いわよね?」

「いや、ありますが」

「ねえデュラフォア知ってる? プロスペールって、この子をあなたの家の外に放置したのよ?」

「なんと」

「なにあっさりと裏切っているんですか!」

「別に黙っているなんて、約束した覚えないし」

「導師よ。少し話し合う必要があるようだ」

「その娘の陰謀ですよ! 私は被害者です」

「ネロヴィア嬢も腹黒極まりないが、貴公も大概である」


 また失礼なこと言っているな。


「やれやれ。こういう調略的な情報戦は本来デュラフォア卿の十八番でしょうに、我々が惑わされてどうするのですか」

「……む」

「彼女は聖女候補というより、もはや魔女候補ですね。見た目もそんな感じですし。ちなみにこの衣装、卿の趣味ですか?」

「似合うと思ったのだが」

「似合っていますよ。似合い過ぎて、城内ではもはやマスコット状態。これは嫌でも利用する方向で考えた方が良いのかもしれませんね」


 だから本人を目の前でそういう話をするなと言いたい。

 というかこのわたしの真っ黒スタイル、デュラフォアの趣味だったのか。

 別に趣味は悪くないと思うけど、なんだかなあでもある。


「もういっそのこと、陛下の隠し子ということにしてしまいましょうか」


 おい。


「それは不敬であろう」

「ですが陛下にはお子がおられません。それは寂しいことです」

「確かに貴公は十人ほどいたのだったな」

「ずいぶん先立たれてしまいましたがね。それはさておき、彼女は見た目と雰囲気なら如何にもそれっぽいでしょう? 無駄に偉そうですし」

「しかしそうする意義は」

「陛下は兵卒の間での人気は非常に高いですが、臣民へのリップサービスとか人気とりは不得手ですからね。そこで彼女の出番です」

「ふむ」

「陛下の養女にでも仕立て上げれば役に立つことでしょう。闘技場を破壊してくれた分、何かで回収せねばと思っていましたし」

「政治的な道具にするというわけか。なるほど」


 なるほど、じゃない。


「……なに勝手にぺらぺらしゃべってるのよ。ぶっ殺されたいの?」

「しかし口が悪い」

「猫を被れるのは間違いないのですが」

「だからいい加減にしないと城ごと吹っ飛ばすわよ!?」


 わたしはあまり気の長い方じゃないのだ。

 この無礼な男どもを叩きのめすためだったら、この城が全壊しようと構うものか、である。


「どうどう。落ち着いて下さい。魔力がダダ洩れです。貴女の魔法は少し負に偏り過ぎていますから、無制御の魔力は容易に汚染を引き起こしてしまいますよ」

「その通りである。それに隣のドラゴンが怯えているではないか」


 言われてみれば、撫でていたドラゴンはぷるぷる震えていた。


 まあ散々傷つけて生き血を飲んだ前科もあるし、なによりこの子はまだ赤子っぽい。

 でも仮にもドラゴンに怖れられるって、少しショックかも。


「……誰のせいだと思っているのよ。頭の痛い連中ね」


 魔王はまともだが、こいつらは本当に癖が強い。


「まあ、いいわ」


 深呼吸して落ち着く。

 話を戻そう。


「そういうわけで、これで行くから」


 ニヴルヘル・ドラゴンを指して言う。


「空、飛べるんでしょ?」

「ギィ」


 翼を広げてこくこく頷くドラゴン。

 飛べるらしい。


「……冥竜で我らが土地を飛び回るのは如何かと思うが」


 苦言を呈するのはデュラフォア。

 了見の狭い奴だ。


「ねえ。あなたってば普段四十九層にいるけど、これから五十層に移ったら? あそこってば綺麗だし、デュラフォアいるし」

「ギィ?」

「ま、待て」


 覿面に慌てるデュラフォア。


「でも勝手に外を飛び回るのがダメって言うのなら、ちゃんと世話してあげないと無責任よね」

「無責任に召喚している貴君に言われなくないが……!」

「だから住処の斡旋しているのよ」

「理屈になっておらぬわ!」


 また怒るし。

 デュラフォアって、けっこうすぐキレちゃうよね。

 ストレス耐性低いのよ。

 わたしもだけど。


「やむをえませんね。私が許可します」

「よろしいのか」

「ごねても仕方が無いでしょう。あそこに卵を放置した私の責任も無きにしも非ずですし」

「全ては導師の責任である」

「彼女を連れてきた卿の責任でしょう」

『……はあ』


 二人して溜息つくな。

 ま、そんなことよりもこの子だ。

 わたしは改めてニヴルヘル・ドラゴンを見返す。


「まず……そうね。名前。ヘルって呼んであげる。どう?」

「ギィギィ」


 それで問題無いらしい。


「あとキミって、どれくらいのものまでなら運べそう? わたしは軽いから問題ないとして、どうせデュラフォアついて来るだろうし……」


 二人でその背に乗れないこともないだろうけど、あんな道化と一緒に騎乗するのは何だか嫌だな。


「よし。縄に縛ってぶら下げて運ぼう」

「我はワイバーンで同行する」

「あ、そう」


 ならそういうことで。

 早速準備しなくちゃね。

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