第13話 デザ―エンドのニヴルヘル・ドラゴン
◇
エルキュールがわたしのことをどう思ったのかは分からない。
でも城から叩き出されることもなかったし、一応の賓客として迎えてくれたようだ。
とはいえ監視はつけられた。
相も変わらぬデュラフォアだ。
いい加減見飽きたわよね。この道化。
ちなみに闘技場での一件の際、氷柱の直撃を受けて死にかけていたのはご愛敬。
何か下半身が無くなっていた。
仕方が無いから再生してあげようと思って治癒の協力を申し出たっていうのに、あのプロスペールにやんわり断られてしまったのである。
アンデッド化されてはたまらないとか、失礼なことを言っていた。
わたしが本質的にネクロマンシーであることを初見で見抜いたらしい。
とはいえそんな気は無かったから、むかっとなったものである。
どうもプロスペールとは相性が悪い。
喧嘩でもしようものなら、すぐに本気の殺し合いにでも発展しそうだ。
「それにしてもデュラフォアって本当、四天王で最弱よね」
「彼は情報戦特化ですからね。荒事は向いていないのです」
「根暗よね」
ひどい感想を洩らしつつ、お茶を一口。
向かいに座るのはプロスペール。
今日はデュラフォアは用があるとかで、代わりにプロスペールがわたしの監視役だ。
愛想のいい誰もが安心する笑顔。
なんて胡散臭い。
「あーあ、デュラフォアの方が良かったなあ」
「そう邪険にしなくとも」
「するわよ邪魔だもの」
デュラフォアなら慣れたもので、気兼ねなく一緒にいられるけど、こいつはさすがに油断できない。
隙でも見せたら背中から刺されそうだ。
「それはともかく、貴女はこれからどうするつもりなのです?」
そっちも紅茶を口にしつつ、尋ねてくる。
「気になる?」
「ええまあ。そもそも貴女の目的がいまひとつわかりませんので」
わたしの目的は明確だ。
最優先事項は強くなること。
ただし、極力前世で通った道程をなるべく沿うように進んでいくべきだとも考えている。
というのも、せっかく未来の出来事を知っているというのに、それを活かせない場所や立場にいたのではあまりに勿体ないからだ。
そのために、基本的には要所要所で同じ選択をしていく。
例えばイステリア子爵騎士団に入ったのもそう。
そして次は王都の騎士魔導学院に入学すること。
でもその間の時間を無駄にしない。
新しい選択もする。
わたしが敢えて魔族領に入ったのは、当然力を上げるため。
あのまま子爵騎士団にいたのでは、短期間に今のレベルに到達することは不可能だっただろう。
王都に行くまでの間に、徹底的に鍛える。
下手に学院に入ってしまったら、レベル上げも難しくなってしまうし。
だからこの数ヶ月が肝なのだ。
そして同時に魔王に一度会っておくこと。
要はコネ作りだ。
こうやってプロスペールの監視を許容しているのも、そういった側面が無いわけじゃない。
あとはこの前エルキュールにした忠告。
とはいえ今のところ、わたしには何の信用も無いのであるから、どれほど意味のある行為であったか分からないけれどね。
「とりあえず強くなりたいの」
「はあ。今のままではご不満ですか」
「そりゃあね。まだあなたの方が強いし」
そこは素直に認めておく。
「ご謙遜を」
「何が謙遜よ。別にあなたをやっつけようってわけじゃないから、どこか近くにいい感じのダンジョンとか無いの?」
「……そういえばデュラフォア卿の話によると、貴女はデザーエンドをあちら側からたった一人で越えてきたんでしたね」
「あんなの大したことないわよ」
所詮は歴史上、さほど見向きもされなかった迷宮でしかない。
人間にとって妙に難易度が高いのは大魔境によるデバフが原因であるから、それさえどうにかできれば規模の大きいちょっと難しいダンジョン程度だろう。
「あそこの四十九層にはドラゴンがいたはずですが」
「いわたね。美味しかった」
「は?」
また血の味を思い出してしまった。
「今妙なことを言いませんでしたか?」
「言ってないわよ。耄碌したんじゃないの?」
「……口が悪いですね。その歳で。この先が思いやられます」
大きなお世話だ。
「しかしあそこにいたドラゴンは、ニヴルヘル・ドラゴンの幼体だったはずなのですがね」
「――はあ!?」
この男、今何て言った?
「ニヴルヘル・ドラゴンって――」
「はい。以前、卵を手に入れたので置いておいたんです。無事孵化したようで何より」
「馬鹿! それって冥竜じゃないの!?」
ニヴルヘル・ドラゴン自体は生きている存在にも関わらず、死霊たちを統べる存在としても知られている。
それだけに強力で、ほとんど伝説上のドラゴンであるといっていい。
「そんなものをぽんぽんと、気軽にそこらへんのダンジョンに仕掛けてるんじゃないわよこの変態!」
思わず怒鳴ってしまった。
それくらい衝撃だったのだ。
「……見た目だけは可憐な女の子に変態呼ばわりされると、さすがにショックですね……」
だけ、は余計だ。
しかしなるほど――あれはニヴルヘル・ドラゴンの赤ちゃんだったわけね。
もしかすると生まれたてだったのかもしれない。
それでもあの巨体だったけど。
しかしそんなものの生き血をすすっていたのかわたしは。
あの血が妙に美味で身体になじんだのは、ネクロマンサーであるわたしと相性が良かったからなのかもしれない。
「というか、そんなごろごろ落ちてるものなの? あのドラゴンの卵って」
「まさか。先代のニヴルヘル・ドラゴンの最期にたまたま立ち会う機会を得まして。その時に拾ったものです。処理に困ったので、あまり誰も立ち寄らないデザーエンドにそっと置いておいたんですよ」
処理に困ったとか言うな。
こいつはペットを飼う資格の無い奴に違いない。
「それ、デュラフォアは知ってるの?」
「内緒に決まっています。ばれたらさすがに抗議されそうですし」
そりゃそうだろう。
自分の住処の扉一枚向こうに、そんな伝説級の物騒なドラゴンがいると知ったら、そうそう平静にいられるものじゃない。
そもそもニヴルヘル・ドラゴンはその領域にいるものを、徐々にアンデッド化していくとされている。
つまりずっと放っておけば、あのデザーエンド大迷宮は死霊の巣窟になっていたに違いない。
当然、難度は格段に跳ね上がる。
……まあ、各フロアを守っていたモンスターをアンデッド化して支配下におきながら攻略していったわたしが言うな、かもしれないけど。
「デュラフォア卿には秘密ですよ?」
「嫌な上司ね」
デュラフォアって、けっこう苦労人なのかもしれない。
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