第12話 魔王城ラグナグラスト(後編)

「背徳魔法ばかり使うとは、また奇妙なお嬢さんですね――」


 まあ邪法っぽい感じの魔法だから、普通の魔法使いは使わないかも。

 でもわたしは死霊魔法を中心に覚えたものだから、こういうキワモノばかりが得意なのである。


 それはともかくとして、そろそろこっちの番。


「〝氷を槌に〟」


 発動させたのは中位の魔法。

 先ほどまでプロスペールが放っていた魔法に比べれば、数段レベルの落ちるものだ。


 魔法によって生み出した氷柱を、対象に撃ち放つもの。

 氷柱といっても、魔力によって大きさは自由自在。


 今回わたしが生み出したのは、二メートル程度の巨大なものだ。

 それが約百本ほど。


 わたしの好きな質より量――である。


「必死に避けてね?」


 微笑んでそう告げた瞬間、凄まじい速度でそれらが次々に闘技場に落下していった。

 別に狙いなどつけていない。

 空いている場所目掛けて、とにかく適当に落としていく。


 これくらいの質量のものが相応の速度でぶつかれば、人体など軽く破裂する。

 地面だったら炸裂する。


 もはや爆撃の様相を呈した闘技場で、わたしは久しぶりに魔法を思い切り行使できていることに、軽く感動していたのだ。


 ああ――気持ちいい。


 それにしても、前世よりも明らかに魔法の威力が上がっている。


 レベルはまだ五十七。

 前世の最後よりも低い。


 でも魔法に関しては、とっくにかつてを越えてしまっている感触だ。

 やっぱりモンスターの生き血をすすったのが効果覿面だったらしい。


 とくにあのミニ・ドラゴン。

 思い出したら軽い渇きに見舞われてしまう。


 これじゃあほとんど伝説の吸血鬼だ。

 そんなものが、本当に存在していたのかどうかは知らないけど。


「さて、続きを――」


 もうちょっと愉しませてもらおうかと思ったところで。


「そこまでにしてもらおうか」


 いつのまにか、喉元に剣先があった。

 漆黒の剣。

 どうやら水を差されてしまったらしい。


「それってあなたの部下に、まず言うべきじゃないの?」


 無数の氷柱でほぼ破壊され尽くされた闘技場を、よくもまあ突破したものだと思うが、わたしの目の前には魔王がいる。


 剣を片手にその切っ先をわたしに突き付けている状態。

 さすがに看過できず、高みの見物とばかりにはいかなくなったらしい。


「確かに先に水路を決壊させたのは我々であろうが、こうも溢れかえってしまった以上、まずは水そのものをどうにかするのが先決だ」

「ひとを暴走するモンスターみたいに言わないで欲しいけど」


 ちょっと消化不良とはいえ、ここまでか。

 さすがに魔王相手では分が悪い。


 わたしは新たに発動しかけていた魔法を霧散させる。

 それで魔王もひとまずはこちらも剣を納めた、と判断したらしい。

 すぐにも剣を退いた。


「非礼は詫びよう。しかしこれは酷い有様だな」


 ぼろぼろの闘技場。

 でもわたしが悪いわけじゃない。

 悪いのはわたしに魔法戦を挑んできたプロスペールだ。


「一歩も動かずにこの惨状を作り出してしまうとは、開いた口が塞がらないとはこのことか」

「だから。文句はプロスペールに言ってよ」


 唇を尖らせるわたし。


「かの者に汝を試すよう命じたのは余だ」

「ならあなたの責任ね?」

「それほどの実力を持っているのであれば、いくらでも加減できただろうに」


 皮肉を交えて軽く非難してくる。

 あ、この感じ、こいつも呆れてるな。


「したわよ。だから大魔法とか使っていないでしょ。たかだか中級魔法を同時に百くらい発動した程度で、ぴーぴー言わないで」

「……それは大魔法一つ発動させるよりも、遥かに難しいことですよ」


 ガタゴトと音がする。

 どうやら瓦礫と氷の破片の中からプロスペールが這い出てきたようだった。


 黒のローブがほこり塗れ。

 華麗に避けたり防いだりはできなかったらしい。


 ざまぁみろよね。

 ただまあ、無傷なのはさすがかな。


「無事か?」

「はあ、まあ。ただデュラフォア卿が巻き添えで埋まってしまったようです。ちょっと掘り出してきますね」


 そういえばデュラフォアのことなんて頭に無かったわね。

 まあさすがに死んでいないだろうけど……四天王だし。


 一方のプロスペールは愛想のいい笑みを浮かべたまま、ひょいひょいと軽快に瓦礫を乗り越えていく。


「ふん。かすり傷くらいあれば可愛げもあるのに」


 あれもやっぱり強い。

 さすがに大魔導士とか名乗るだけあるか。


「……さて」


 そんなプロスペールに代わり、あらためて魔王が口を開いた。


「余がエルキュール・ヘルファリテである。汝も名乗るが良い」

「ネロヴィア・ラザールよ」


 なるほど威厳のある雰囲気だ。

 でもわたしも負けずに胸を張って、超然と答えてやる。

 そしてわたしはまじまじと魔王を見返してみた。


 見た目の年齢は四十代くらい。

 若さよりも渋さが主張を始めているような、そんな年齢だ。


 しかし精悍で、口髭を蓄えた容貌はそれだけで貫禄がある。

 でも実際の年齢は知れたものじゃない。


 人間も魔族も基本的な寿命は同じで七十年程度ではあるけど、例外というのはいくらでもあるもの。


 わたしがデザーエンドでやっていたように、魔力は生命力に変換することができる。

 これを突き詰めると、魔力の強い存在は生命力も強いと言えるのだ。


 そしてこれは寿命に直結する。

 妙に長生きの魔法使いが多いのも、そのあたりが理由。

 別に魔法使いじゃなくても、若いうちにレベルを上げて魔力の絶対値を上げておけば、案外長生きできてしまうのだ。


 そういうわけであるから、この魔王も見た目通りの年齢のはずがない。

 少し老化が始まっているように見えるのは、相応のレベルに達したのが遅かったからか、あるいはすでに相当の年月を生きているかのどちらかだろう。


 プロスペールなんてもの凄く若く見えるが、あれでかなりの若作りのはずである。

 あとでじじいと言ってやるか。


「聞かない名だ」

「でしょうね」


 ほんの数ヶ月前までは、魔法がひとつだけ使えるただの村娘だったのだから当然だ。


「しかし汝のような娘が一体何用でここまで参ったのか。聞けば汝は人間。人間でありながらこちら側あって、プロスペールと互角にやり合うなど常軌を逸しているが、デュラフォアの報告にあった聖女候補とはまことか?」

「その報告は正確さを欠いているわね。聖女候補予定、だから」

「願望か、それとも何か根拠があるのか?」

「あるけれど、説明は面倒だから無しにして。少なくとも――わたしの実力は認めてくれるでしょ?」


 そこでエルキュールは難しい顔になる。


「このような聖女など、それこそ聞いたことがない」

「だから候補予定だって」

「ふむ……」


 どうもこの魔王、前世でまともに会話したことなんてそれこそほとんど無かったけど、かなり生真面目な性格のようだ。


「わたしはね。あなたたちと敵対する気はないの。だからこうしてわざわざこんな所まで来たんだから」


 それは心底本音である。

 今のわたしの敵は、セレスティアだけだ。

 もちろん、セレスティアに味方したり協力したりするような輩はみんなまとめて敵だけど。


「真意を測りかねる。それこそ何故わざわざここに来る必要があるのか。余は何も、人間たちを滅ぼそうと企んでいるわけではない」


 まあ、そうでしょうね。

 このエルキュール、魔王なんて呼ばれてはいるが、別段暴政や悪政を敷いているわけでもなく、また暴力で大陸の支配を目論んでいるわけでもない。


 そもそも人間と魔族に違いなど無いのだ。

 違いがあるとすれば、どちらで生まれたか、それだけである。

 でもその違いが大問題だった。


 大聖域、もしくは大魔境。

 そのどちらかの影響下のある地で出産に及ぶと、その瞬間にどちらかの洗礼を受けてしまう。

 こうして後天的に種が決定されてしまうのだ。


 もしこの世に大聖域とか大魔境とかいう魔法が常時展開していなければ、人間だの魔族だのといった区別など無かったはずなのである。


「そっちになくても、こっちにはあるかもしれないでしょ?」

「人間が均衡を崩すと? しかし今の聖女はそこまで愚かではあるまい」


 それもその通り。

 現聖女はまあそれなりの人格者だ。

 魔族を滅ぼせとか、煽ったりはしていない。


の聖女はね」


 含みのある言い方で答えておく。


 次の聖女候補はそうでもないってこと。

 わたしを含めてね。


「ひとつだけ手土産代わりに忠告してあげるわ。今の聖女は死ぬ。近いうちにね」

「なに……?」

「死んだらどうなるか、想像つくでしょ?」


 わたしは経験上知っている。

 聖女が死んだらどうなるか。


 簡単である。

 戦争が起きるのだ。


 聖女が死ねば大聖域が消える。

 死期を悟っている場合、早くから次代の聖女候補が集められ、後継者が選ばれる。

 そうすれば大聖域は引き継がれ、問題は起きない。


 でも突然死などの場合、そうはいかない。

 死んでから聖女候補を捜し、その成長を待っている間、大聖域は消失してしまうからだ。


 そうなると、人間は魔族の侵攻に怯えることになる。

 敵地への侵攻を、事実上不可能にしている大聖域が無くなるのだから当然だ。


 実際にこの魔王に侵攻の意思があるかどうかなど、もはや関係がない。

 人間は恐怖から兵を集め、当初はあくまで防衛のためのものであったにも関わらず、いつしか積極的防衛を試みるようになる。


 つまり逆に攻め込もうとするのだ。


 わたしの前世では、実際にそうなってしまった。

 大魔境が健在である以上、人間からの侵攻は著しく不利であると分かっているにも関わらず。


「ひとって愚かよね」


 わたし自身、前世でその戦争に加担した人間だ。

 このエルキュールを殺すべく、勇者たちとラグナグラストに乗り込んだのだから。


 でも今思えば、そのようになるよう仕向けていた悪意があったと思いたくなる。

 セレスティアの本性を知った後ではね……。


「にわかには信じられない」

「信じなくていいわ。でも覚えておいて。聖女が死んで、不利なのは人間。なのに攻め込んでくるのも人間。そういうものでしょ?」


 わたしがこのことをエルキュールに教えるのは、セレスティアの邪魔をするためだ。


「むしろそんな機会を見逃さずに、攻め滅ぼしちゃってくれてもいいのに」


 そう思うのは割と本気。

 意趣返しができるのなら、何だってやってみせよう。

 もしエルキュールにその気が無いのなら、わたしが世界征服をするのも悪くない。


 うん、そう。

 案外いいアイディアかも。


 復讐するなら世界征服くらいしないとね?


 もっともその場合は、エルキュールが敵に回りそうだ。

 できればそうならないためにも、こうして恩を売っているわけでもあるし。


 まあ恩として受け取ってくれるかどうかは知らないけどね。


「汝はそのように幼き身でありながら、すでに人間を憎んでいるのか」


 どこか憐れんだように尋ねられ、少しだけ嫌な気分を味わう。

 さすがに目敏い。


「別に。でも憎んでいる人間ならいるわ」


 わたしがこんな過去に戻る羽目になったのは、紛れもなくあの女のせい。

 そしてこんな奇跡だか悪夢だかが実現した以上、そう望んだ動機から逃れることなどできるはずもない。


 ならばちゃんと仕返ししなくては、わたしの存在意義が無くなってしまう。

 そしてそのためには世界にも付き合ってもらおう。

 どんな結果になるかは知らないけどね。


「不憫なことがあったのだな」

「同情してくれるの? でもこんなものは呪いのようなものだから、あなたがそういう感傷を抱くほどの価値なんて無いわ」


 ちょっぴり後味は悪くなった気はするものの、こうしてひとまず魔王との謁見は無事にこなすことができたのである。

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