第11話 魔王城ラグナグラスト(前編)


       ◇


 デザーエンド大迷宮の五十層。

 そこは魔王に仕える四天王の一人、モーリス・デュラフォアの迷宮城であると同時に、祭壇の場でもあった。


 ではここを越えるとどうなるのか。


 わたしは五十層を起点に折り返しとなっていて、魔族領側の出口へと同じく迷宮が続くものと思っていた。

 でも実際にはそういうわけでもなく、たった一層分の道のりを経て、出口へと至ってしまったのである。


「なるほど。こっちが表。別に来る者は拒まず。でも人間の領域からは簡単に来れないようになっている、というわけね」

「そちら側から祭壇に到達した者など、聞いたことはないがね」


 と言うのは、一緒に同行しているデュラフォア。

 相変わらずの道化の面をつけたままで、素顔は分からない。


「まあ、楽なのはいいことよ」


 時間短縮にもなるし。

 レベル上げも、五十層までにそれなりにできたから、とりあえずは前進を優先させてもいいだろう。


 ちなみに今のわたしの格好は、五十層にいた時とさほど変わっていない。

 さすがに履物だけは編み上げのロングブーツに変えたけど、ドレスの上には黒の丈の長いケープを羽織り、さらには鍔の広い三角帽子を被らされてしまったので、完全無欠に魔女のスタイルになってしまった。


 一応騎士なんだけれどね。

 これじゃあばりばりの魔法使いである。


「それにしても」

「どうかしたかね」

「変わらない風景だって思って」


 外に出ると、眼下には森が広がっていた。

 どうやら出口は山脈の中腹にあるらしく、気温も低く、ところどころに雪も残っている。


 少し進むと崖になっていて、眼下には広大な森林があったのだ。

 ここらはまだ高度が高いせいか、茂っているのは針葉樹ばかり。


 魔族領に入っても、世界は基本変わらない。

 前世でも魔族領には当然入ったけど、周囲を見ている余裕などは無かった。

 完全に二つの勢力の間で戦争状態だったし。


「あの森にモンスターは?」

「少なからず。ただ最短の道のりはあの森を通るルートである」


 急がば回れ。

 よく人生で出くわす格言だ。

 しかし守らないのがわたしである。


「なら森から行くわ」

「承知した」


 最近、さすがにデュラフォアもわたしの行動が先読みできるようになってきたらしい。


「モンスターはわたしのもの。いい?」

「……構わないが、森を焼き払うのはやめてくれたまえ。あの森の管理も我は任されているのでね」


 ちゃっかり釘を刺してくる。


「そんなことしないわよ。自然を大切に。でしょ?」

「そう願いたいものだよ」


 まったく信じてくれている様子が無いわね。

 失礼な奴だ。


       ◇


 まさか最後まで歩かされるとは思わなかった。


 というか四天王とあろう者が、魔王城までてくてく徒歩ってどうなのよ。

 せめて馬車を調達しろって言いたい。


 とはいえ、せっかくの機会でもある。

 魔族領の方もしっかり見ておきたかったし、可能な範囲でレベル上げもやっておきたかった。


 そんなわけで、デザーエンド大迷宮からラグナグラストまでかかった日数は、実にひと月。

 まあ時間はかかった方だろう。


 このラグナグラストは、大陸の北側にある魔族領からみて、やや東よりの南に位置した地にある。

 つまり大陸の中央に近い。


 ということは人の住む地に近く、最前線ともいえる。

 おかげで前世において、大陸中央は激戦地となったのだ。


 しかし今の段階では、人間と魔族の間で戦争状態にはなっておらず、それなりに平和といえる。


 で、このラグナグラスト。

 何というか無骨な城だ。


 遥か昔から人間を相手に戦ってきた前線の城というだけあって、確かに風格はある。

 継ぎ接ぎだらけで規模も大きい。


 でもやっぱり無骨だ。

 人間の領域である王都にある王城ベイトハーバなどと比べると、どうしても芸術性が感じられない。


 というか当代の魔王って、どうしてここを居城に選んだのかしらね。

 確か歴代の魔王は最北の地にあるとかっていう、氷麗城ゼクスティカを居城にすることが普通だったみたいなのに。

 ちょっと聞いてみよう。


「どうして?」

「いや……突然そのような問いだけされても、我は途方に暮れるしかないのだが」


 わたしの心の声までは聞こえなかったらしく、デュラフォアには困惑を通り越して呆れている。


「使えないわね」

「そういう暴言を、くれぐれも陛下の前ではせぬよう」


 とか何とか言いながら、わたしは案内されるがまま、城内を進んでいく。

 一応今日この日、わたしは当代の魔王であるエルキュールに謁見することになっていた。


 どこの馬の骨ともしれない上に、人間。

 そんなわたしが本来ならば、魔王なんかに会えるはずもない。


 それでもラグナグラストに到着して二日で謁見に及ぶことができたのは、やはりデュラフォアの存在あってこそ。

 伊達に四天王はやっていないらしい。


 わたしは一応正装して、謁見に臨むことにした。

 やっぱりこの城、相当大きい。

 外見のボロさとは裏腹に、頑丈かつ広大だ。


 前世では城門を突破するだけでも相当難儀したし、こんな城が最前線にでん、と構えていては、人間からすればいい迷惑でしかないというものだ。


「ん……?」


 そこで違和感を覚える。

 向かっているのは謁見の間、のはず。

 つまり玉座の間。


 でもルートが違う。

 ということは、向かう先自体が違うということ。


 ふぅん。なるほどね。


 こうなってくると、デュラフォアがひと月もかけてわたしに同行していた本当の理由も分かってくるというものだ。


 さて何が出てくるのやら。


       ◇


 最終的にわたしが行き着いたのは、闘技場だった。


 この城は大きい。

 さらに最前線ということもあって、兵の装備や練度も高い。

 そして常に修練に励めるような、こんな闘技場まで存在している。


「ま、嘘は言っていないわね」


 闘技場に入ったわたしは、その視線のずっと先にある貴賓席を見上げて皮肉げに口の端を歪めた。

 距離かあるから小さくて見にくいが、そこに座しているのは紛れもなく魔王だ。


 いつぞやのように、漆黒の甲冑は身に着けていない。

 ただ長大な漆黒の剣のみが、その傍らにある。


「我の案内はここまでである」

「一応、どういう趣向なのか聞いていいかしら」

「貴君はそれを察せぬほど愚かではあるまい」


 まあ分かってはいるけどね。

 早い話、デュラフォアは終始わたしのことを徹底的に警戒していたというわけだ。


 そうである以上、軽々しくラグナグラストに連れていくなど憚られただろうし、魔王に会わせるなどもっての外。

 だから時間をかけて案内し、誰かと連絡を取り合っていたと思われる。


 それが魔王本人か、それ以外の誰かかは知らないけど。

 そして同時にわたしへの監視も怠らない。


 で、無事にわたしがラグナグラストに来れたのは、さしあたってはそれを許可されたということ。

 ただしまっとうな会見になるはずもなく、実際こんなところに通されてしまった。


 となるとどうなるか、である。


「我の不義理を詰らないのかね?」

「本気で不愉快に思っていたのなら、もう死んでるわよ」


 魔王の目前でそれができたかどうかは怪しいし、仮にできたとしてもそれで心証を悪くすれば、今度はわたしが詰んでしまうけどね。


 魔王を名乗るだけあって、エルキュールは強い。

 第一、ここにいるのは魔王だけじゃないのだ。


「……お初にお目にかかりますね」


 闘技場に真ん中にいた人物が、そんなよく通る声で語りかけてくる。


 見た目は若い青年。

 長い黒髪と黒のローブを身に着けている。


 優男のように見えるけど、これも端倪すべからざる存在だ。


「へえ。大魔導士プロスペールからご挨拶をいただけるなんて、光栄ね?」


 そう。

 こいつが前世で勇者を葬った魔法使い。

 魔王の側近中の側近であり、四天王とは別格の事実上のナンバーツーだ。


 とはいえそんな相手であったとしても、へりくだる気はない。

 わたしは無造作に、無遠慮に歩を進めてプロスペールの目前まで進み出る。


「なるほど。私のことも最初から知っているような素振り。デュラフォア卿があれほど警戒するのも少しは理解できそうです」

「まったくこんな幼い少女相手に何やってるんだか、って感じよね?」

「確かに可憐な容姿ではありますが」


 プロスペールは油断などしない。

 そして見た目とは裏腹に過激だ。

 にっこり笑いながら、大魔法をぶっ放す程度のことは普通にしてのける奴である。


 こんな風に。


「〝死に損ねたものに火葬をデ・ラルバ・イス・ゼナス〟」


 瞬間、猛烈な火球が発生する。


 なるほど意趣返し。

 わたしがデュラフォアの片腕を吹っ飛ばしたのと同じ魔法。


 でも慌てることなく、魔法で対応する。


「〝されど祈りは我が身に届かずレド・ナ・ディネ・ラーナ〟」


 火球は猛烈な勢いでわたしに命中したかにみえたものの、直前で四方八方に飛び散って闘技場を猛火の嵐で撫でていった。


「ほう――こうもあっさりと防いでみせるとは」


 わたしの手際にプロスペールは感心したようだった。


 それはどうも。

 でも、感心しながらナイフを突き立ててくるのがセオリーでしょ?


「〝残り火は災いの種なりノス・アクトゥ・デス・ペタルタ〟」


 ほうら。


 またにっこり笑顔で殺す気満々の魔法を連射してきた。

 闘技場に散っていた火炎がプロスペールの魔法によって収束する。


 その数は五。

 それら一つ一つが最初の魔法と同じ威力にまで盛り返し、わたしを全包囲から襲うのだ。


 逃げ道など無い上に、さっきの五倍の威力。

 こんなものが直撃したら、灰だって残るかどうか。


 でもね?


「〝懺悔はもはや手遅れと知れレ・アクセ・フィル・レジスタ〟」


 しかしそれらの火炎は用をなさなかった。

 わたしの魔法で急速にしぼんでいき、ただの火種に戻っていく。


 魔法殺しは得意なのよね、わたしって。

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