第9話 モーリス・デュラフォア


       ◇


 五十階層。

 ようやくミニ・ドラゴンを開放してあげたわたしは、ようやくその階層へ踏み入れることにした。


 だいぶ生き血を得たせいか、長い迷宮暮らしとは思えないほどお肌が艶々で潤っている。

 魔力の貯蔵もレベル以上なのは間違いない。

 これなら大人のドラゴン相手でもまあ戦えそうだ。


 それはさておき、この五十階層。

 実はモンスターが一体も現れていない。


 通路もなぜか整備されて綺麗で、洞窟という感じではなくなっている。

 どちらかといえば、神殿の一部のような感じ。

 おかげで足音が異様に響き渡っていた。


 さらに歩けばまた扉がある。

 いかにもな感じだ。


「さて、何があるのやら」


 押せば、ギィィ、と音を立てて、意外なほど軽く扉は開いた。

 そしてそこには当たり前のように、何かが待っていたのである。


「――まさかこのような地にそちら側から来客とは。いやはや、おもてなしの準備もままならず、まこと申し訳ない」


 妙に気障で芝居がかった喋り。

 そこにいたのは道化。


 長身で背筋はずいぶん伸びているが、顔がまるで合っていない。

 そんな道化の面を被った何者か。


「自己紹介をしようか。我はこのデザーエンドを預かるモー……」

「モーリス・デュラフォア」


 うん。

 知っている奴だった。


「……我をご存じとは。そのような幼い身でありながら、なんという光栄な」


 デュラフォアは心底驚いたようだったけど、相変わらずの芝居がかった動作で何とも胡散臭い。


「そう? じゃあご挨拶」


 わたしは予備動作無しに、魔法を発動させてやった。

 瞬間、凄まじい火炎がデュラフォアへと襲い掛かる。


「ぬお!?」

「あら」


 彼も驚いたようだけど、わたしも驚いた。

 実は魔法を使うこと自体が久しぶりだったのだけど、なにこの威力?


「ぐおおおおお……!」


 片腕を火球に吹き飛ばされて、苦痛に呻くデュラフォア。


 そんな様子にちょっとばつのわるい気分を味わって、頭をかく。

 これは想定外だ。


「……ごめんね? ちょっと加減、間違ったみたい」


 本当に挨拶代わりで、ちょっとかすめる程度で撃ったつもりなのに、思った以上に威力が大きすぎて、腕をもっていってしまったらしい。


 彼の後方で残火が荒れ狂っていたので、魔法で鎮火させておく。


「な、なにを……!?」

「ふぅん。これって……ちょっと想定よりも早く強くなりすぎたみたい。一度しっかり確認しないと、事故でも起きそう」


 もう起きちゃったけれど。


 それをデュラフォア相手に確認するには、相手が弱すぎる。

 もともと彼は精神系の異能が得意だったはずだし、実戦ではまあ仕方が無いか。


「別に殺さないから楽にして。あ、わたしはネロヴィア・ラザールよ」

「な、何者か……!?」

「通りすがりの魔法使い。じゃなかった騎士見習いよ?」

「そんな通りすがりがいてたまるか!」


 あ、いつもの芝居をかなぐり捨てちゃったわね。

 というかそんな突っ込みするんだ。


「本当にごめんなさいって。なに、許してくれないの? わたし、謝ったよね? 受け入れない気? なら腕、もう一本いっておく?」


 冗談でそう言えば、道化の仮面をしているくせに、なぜか蒼白になったのが分かってしまった。


「な、何と邪悪な……!」


 ひどいことを言う。

 邪悪……ねえ?


 まあ否定はできないかも。

 でも魔王の四天王の一人にそんな風に言われるのは、何だかなって思うのだ。


「――〝雫は甘露なりリュフ・エシス〟」


 わたしの魔法にデュラフォアがびくりとなる。


「〝水と若葉とアクネ・ラーン〟」


 回復と蘇生の魔法の同時使用。

 それでデュラフォアの腕が、劇的に再生し始める。


「ぐ……ぬおおおおっ!?」


 何やら痛いらしい。

 でもちゃんと腕は生えてきたし、成功ね。


「ば、馬鹿な……。このような奇跡をこうもあっさりと……!」

「失敗した責任はちゃんととるわよ。で、四天王の一人がこんなところで何やってるの?」


 わたしの問いに、デュラフォアは表情を改めたようだ。

 仮面で見えないけど。


「ぬ……。そこまで存じているのか」

「そりゃあね」


 何といっても、前世で何度か戦った相手だ。

 とにかく搦手が好きな奴で、名だたる戦士や魔法使いに近づいては堕落させ、有名なパーティを中から瓦解させた例は枚挙にいとまが無い。


 もっともおかげで真っ先に討伐されてしまった奴でもある。


「よいしょっと」


 わたしは近くで腰かけられそうな場所を見つけると、腰を下ろして足を組む。


「ねえ。お茶とかないの?」

「もちろんあるとも」


 あるんだ。


「じゃあちょうだい」

「よかろう」


 くれるんだ。


 しかもその切り替えの早さには、わたしでもちょっと呆れるくらい。

 そんなデュラフォアが用意してきたのは、何とも香しい臭いのする紅茶だった。


「――ラーバール産の極上の茶葉を使用した一級品だよ。召し上がり給え」


 妙な職人気質を出して、優雅にティーカップを運んできたデュラフォアがそう説明する。


「へえ。悪くないじゃない」

「であろう?」


 しばらく生き血ばかりの生活だったから、たぶん水だけでも美味しく感じたような気もするが、ここは素直に褒めておこう。

 デュラフォアの方も落ち着いたようで、いつもの芝居がかった言動に戻っている。


「で? ここはなに?」

「デザーエンドの祭壇である」

「なにそれ?」


 ちょっと初耳だ。


「……大陸北方に四つある祭壇の一つ。ここの守護を任されているがために、我は四天王などとも時に呼ばれているのだよ」


 祭壇。

 何のための祭壇だろう。


 わたしは視線だけで説明を続けろと促す。


「……大魔境の習得に必要な儀式のための祭壇と言えばわかるかね?」

「! 本当?」

「偽りはない」

「へえ」


 それは面白い情報だ。


「じゃあエルキュールもここで儀式をしたってこと?」

「我らが王に対して聞き捨てならぬ物言いであるが、その通りである」


 エルキュールというのは今代の魔王のことだ。

 わたしが魔王を呼び捨てにしたので不快に思ったらしいが、だからといって説明を止めなかったのはまあ賢いと言っておこう。


「それ、誰でもできるの?」


 言外に魔族でない人間でもできるのか、という問いかけ。


「何かしらの禁則は知らぬよ。ただ条件を満たさなければ、そもそも儀式が成功しないとも聞くが」

「ふぅん……」


 まあやってみないと分からない、ということね。


「大魔境の魔法はその四つの祭壇で儀式を成功させれば習得できるってこと?」

「そうでもない」


 あ、駄目なんだ。


「四つの儀式を成功させることで、魔王候補となる。そして最後の因子を当代の魔王より直接譲られるか、あるいは魔王が命を失ったその時にその者に資格があれば、自然に継承されると聞く」


 なるほど。


 一子相伝。

 やっぱり大聖域と同じで、複数の者が同時に扱うことはできない、ということか。


 でも逆に言えば、魔王を殺せばわたしも手に入れられるかもしれないってこと。

 じゃあ大聖域と大魔境の魔法を同時に習得はできるのだろうか。


「……あは。ちょっと面白そうかも」


 僅かな想像だけで、つい笑みが零れてしまう。

 試してみる価値はあるかもしれない。


「そういう貴君は何者か」

「名乗ったでしょ?」

「名は聞いたとも。ネロヴィア・ラザール。我が尋ねるは貴君の本質である」


 面倒な言い方をするわね。

 そんなのわたしにだって分かるわけないじゃない。


「ただの騎士見習いよ」

「そんな騎士見習いがいるものか」


 事実なのに、一刀両断にされてしまった。


「じゃあ……ええと、聖女候補予定、とか言えば、少しは納得してくれる?」

「なに、聖女だと?」


 あ、驚いた。


「いや待て。当代の聖女は健在であろう」

「だから候補であって、さらには予定だって付け加えたでしょ」

「つまり自称か?」

「自称だけど」

「本来ならば一笑に付すべきものであるが……」


 ふざけた道化の仮面の下で、どうやら真剣に悩んでいるらしい。


「ならば目的は如何に。我の抹殺か」

「まさか。ここに四天王の一人がいるなんて知らなかったもの。というか普通、仮に聖女だったとしても、こんなとこまで一人で乗り込んできたりなんかしないわよ」

「貴君ならばやりそうだが」


 ……やるかもね。


「一般論を言ったの。目的はちょっとラグナグラストまで行ってみようかなって」

「では目的は我らが主の命か」


 ラグナグラストというのは、魔王エルキュールの居城だ。


「さすがに今のわたしじゃまだ勝てないわ」


 魔王どころか、腹心のプロスペール相手でも無理だろう。


「というかそういのじゃなくて。ちょっと挨拶でもしておこうかなって思っているだけよ?」


 実のところ、わたしは魔王の敵対する気はこれっぽっちもない。

 わたしの目的はセレスティアの破滅だけ。


 そのためにだったら、魔王とだって手を結んでもいいと思っている。

 そして早い段階でエルキュールと会っておくべきだと考えたのだ。


「……しかし貴君の挨拶は、出会いがしらに魔法を撃ち放って片腕をもぐことだろう」


 こいつ、さっきのを未だに根に持っているらしい。

 了見の狭い奴。

 変な告げ口されるのも面倒だし、やっぱり後腐れなく殺しておこうかな。


「ま、待て。今のは失言であった。許していただきたい」


 わたしの殺気を敏感に感じ取れるあたりは、さすがは四天王、といったところだろうか。

 なら最初から気を遣えというものだ。


「我にできることがあるならば、協力は惜しまぬぞ?」

「あら。賢いじゃない」


 わたしはすぐに機嫌を直してデュラフォアの延命を認めることにする。


「わたしはここからラグナグラストまで行ったことがないから、道が分からないのよね」

「案内を所望か」

「そう。あと、エルキュールに紹介して。城門まで行って、もし一見さんお断りとかだったら、暴れちゃいそうだし」

「……貴君の力ならば、第一の門ならば落としてしまいそうであるな」


 そんな感想を洩らしつつ、はあ、と溜息をつくデュラフォア。


「仕方あるまい。……しかし重ねて確認するが、貴君の目的は我らが主ではないのだな?」


 やはりそこだけは譲れないのか、多少の覚悟を滲ませて尋ねてくる。

 存外、忠誠心があるらしい。


「どちからといえば、仲良くしたいの」

「ならば承知した」


 デュラフォアは頷く。

 よしよし。


 ここで四天王の一人に出会うなんて予想外だった。

 でも渡りに船だ。


 これでエルキュールに会える可能性が格段に高くなったといえる。

 戦ったことしかない相手だけど、話の通じる相手だといいな。

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