第8話 ドラゴンの生き血

       ◇


「ほぅら!」


 迷宮を駆け抜ける。

 追いかけてくるのは大量のクモ。

 とはいっても等身大のモンスターだ。


 グレータ・タランチュラ。

 あんなのに捕まったら、人間なんていちころだ。


 そんなのが無数に追いかけて来る。

 巣を燃やしてやったせいか、怒っているらしい。


 わたしはとにかく逃げていた。

 といってもやみくもに逃げていたわけじゃない。

 事前に迷宮の通路の位置取りは頭に入っている。


 ここはデザーエンド大迷宮三十九層。

 四十層の手前でもある。


 その出口の目前はひたすら一直線の通路になっていて、幅も狭い。

 仕掛けられていた罠は全て解除済。


 後方に憂いの無いその道の終わりで、わたしは初めて振り返る。

 向かってくるのは無数のタランチュラ。


 といっても通路が狭い割に図体がでかいモンスターなので、もみくちゃになりながら迫ってきている。

 おあつらえ向きだ。


「じゃあね? ――〝抱かれるは溶岩の息吹ダール・レヴァ・レス〟」


 発動させたのは、指向性のある熱波。

 灼熱の空気の渦が、タランチュラたちを一気に巻き込んで次々に発火させていく。


「ふふ。丸焦げ」


 元々火に弱いモンスターである。

 吐き出す糸は厄介で、近接戦は厳しい相手ではあるが、魔法を使った遠距離攻撃なら案外簡単に狩れてしまう。


 そういうわけで、わたしを襲ってきた百体近くのグレータ・タランチュラたちは、全て黒焦げになってしまった、というわけだった。

 前世の知識があるせいで、大抵のモンスターの特性は弁えていて、とても攻略がし易い。


 ここに至るまでにおよそ一ヶ月。

 わたしのレベルはすでに39。

 たぶん、今ので40にはなったことだろう。


 客観的にみれば、仮に王国騎士団であったとしても、十分に優秀で通るレベルだ。

 もっとも主観的には、70レベルだった頃とそう遜色のない感じになってきている。


 というのもやはり、最初から魔法を身につけていたというアドバンテージによるものに違いない。


 とりあえず一階層で1レベル上げるのが目標。

 多少前後することもあるけれど、今のところ順調だ。


 どうせそろそろこの迷宮ではレベル上げに限界がくる。

 予想通りなら、折り返しが迫っているからだ。


       ◇


 四十九階層。


 あれから更に時間が経過している。

 もう時間の感覚も麻痺してしまっていて、何日たったかは分からない。


 睡眠の数だけで数えるならば、四十層に入ってから五十三回は休息している。

 単純に五十三日ということはないだろうけど、かなりの日数を費やしたことは確かだ。


「そろそろまともなお肉が食べたいな」


 わたしはミニ・ドラゴンの生き血をすすりつつ、さすがにぼやいていた。


「ああ、動かないで」


 すぐに回復しようとするドラゴンの強靭な鱗を伸びた爪で引きはがし、ぎりぎりと新しい傷をつけて、その首筋に抱き着いた格好で流れ出す血を舐めていく。


「ギ、ィ」

「キミのも美味しいから……」


 小さくてもさすがにドラゴンを名乗るだけあって、実に精力的な味だ。

 頭から尻尾の先まで三メートル程度の随分小柄なドラゴンは、この四十九層から五十層の間を守っているモンスターでもある。


 デザーエンド・ミニ・ドラゴン。


 勝手にわたしが名付けた。

 たぶん、デザーエンド大迷宮では最大の難関であっただろうドラゴンだ。


 そんなドラゴン相手にわたしは力づくで押さえつけて、好きに生き血をすすっているのである。


 この大迷宮で生きていく上で、一番の問題はモンスターなんかじゃなく、補給だ。

 どれだけの物資を持ち込もうとも、限度というものがある。


 特に食料。


 その点、魔法使いは案外楽だ。

 魔力を生命力に転換することで、ひとまず生命活動に影響はない。


 それでも空腹感は時折襲ってくるし、何かが食べたくなって仕方が無くなることもよくあることだ。

 とはいえそのためには潤沢な魔力が必要である。


 その魔力を手っ取り早く補給するには、逆のことをすればいい。

 生命力を魔力に変換するのだ。


 その代表的な方法が、生き血を飲むこと。

 みんな嫌がってやらないが、わたしはけっこう積極的にこれまでやってきたものだ。


 例え相手がモンスターだって構わない。

 生き血なら何でもいい。


 毒性のある血を持つモンスターもいるけれど、死霊魔法に特化しているわたしには、体質的に毒がまず効かないし。


 というわけでこの四十九層に至るまで、わたしはありとあらゆるモンスターの生き血を口にしてきた。

 不味い血が大半だけど、このドラゴンのように美味しいものも稀にいる。


「ふふ……。これだけ美味しいのだから、キミは殺さずにおいてあげるわ。……あん」


 酔ったような気分になっていたわたしはけっこうご機嫌で、だからこそこのドラゴンは死なずにすんだといっていい。

 普通は気に入ったものでもアンデット化して従えてしまうようにしてきたけど、そうなってはもう血も飲めないしね。


 それにしても誰もいないことをいいことに、あれこれ貪りすぎたようだ。

 おかげで客観的なレベルに比して、恐らくステータスがおかしなことになっている気がする。


 レベルを知るだけなら簡易魔法で事足りるけど、正確なステータスを知ろうと思ったら、それなりのアイテムが必要になってくる。

 だから漠然とレベルしか把握できていなかったわけで、これはけっこう、えげつない数値になっていそうだ。


 だっていくらミニとはいえドラゴンを、ただの腕力だけで押さえつけた上に、素手で簡単に鱗を引き剝がし、傷をつけることができてしまう。


 魔法の力を一切使わずに、である。

 もし魔法も使っていたら、このミニ・ドラゴン程度では相手にもならないだろう。


 試しに引き千切った鱗を口に含み、歯を立ててみる。

 べきり、と簡単に圧し折れてしまう鱗。


 低位の魔法を防ぎ、なまくらな武器程度では傷ひとつつけられない竜鱗が、こうも簡単に嚙み砕けてしまう。

 今のわたしならば、素手でこのドラゴンを軽く解体できそうだ。


「ふふふ……。ねえ? もしかしてドラゴンのお肉って美味しい?」

「ギギッ……」

「あは。食べないわよ。今は生き血だけで満足だから」


 でもあまり長居していると手を出してしまいそうだ。

 お肉食べたいし。


 それにしても、冷静に俯瞰すれば何ていう絵面だろう。

 まだ十歳ちょっとの少女が、ドラゴンに抱き着いて生き血をすすっているのだ。


 しかもきっと、恍惚に頬を染めて。

 親が見たら泣くに違いない。


 うん。

 誰かに見られたら必ず抹殺しないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る