第7話 境界
◇
「どういうことだこれはっ!?」
案の定、そのフロアは修羅場と化した。
騎士団に立ちはだかるデザーエンド・コボルト・ロードは、三メートルを超す巨体。
でも実際にはその分鈍重なので、こけおどしだったりする。
この選抜された騎士たちならば、十二分に勝機はあっただろう。
でも現状、彼らは全滅寸前だった。
「だから言ったでしょ」
死なない程度に脱落していく騎士たちを、わたしは早々に回収し、回復させて、後方を守るオーギュストの方へと放り出していく。
油断していたわけではないだろうけど、最初にコボルト・ロードに斬りかかった騎士が真っ先にやられた。
普段ならば避けるなり、得物である長大なバトルアックスを受け止めるなり、何かしらの対応ができたはずにも関わらず、だ。
彼は受け止めようとしたけど、剣ごと吹き飛ばされて洞窟の壁に強打し、内臓がぐちゃぐちゃになったらしい。
放っておくと死んでしまうので、最初に決めた通りに助けてやることにする。
治癒魔法をかけてやっていたら、今度はシルヴェストルが吹っ飛んできた。
見れば腕が半分千切れかけている。
まったくひとの忠告をきかない脳筋め。
これでよく、このあと勇者ご一行に加われたものだ。
「馬鹿につける薬は無いけど、これは魔法だから良かったわね」
憎まれ口をたたきつつ、これも治療。
今のわたしはレベルが低いから、あまり魔法ばかり使っていると魔力があっさりと枯渇してしまう。
そもそも回復魔法は得意じゃないし。
だから適当なところで切り上げつつ、次々にやられていく騎士たちの負傷を治していった。
というかみんな、いい加減に気づけというものだ。
「――団長。それよりも前に出ないで」
辛うじて無事だった団長に、わたしは鋭く警告する。
「そしてみんな、一度下がって」
「だが背を向けるわけには……!」
「いいから」
少しだけ威圧を込めて、わたしは強く言う。
言葉に魔力を込める言霊の魔法は、半分口で商売している聖女にとっては不可欠な魔法でもある。
というかこの魔法、使い方によってはけっこう物騒かも。
強度を上げれば他人を洗脳できてしまうしね。
ともあれ健在な騎士たちは、じりじりと後退していく。
ずしん、ずしん、と迫力を見せつけながらコボルト・ロードはゆっくりと迫ってくるが、しかしある一定のラインでぴたりと足を止めた。
にらみ合うことしばし。
「デフォルジュ団長。今なら全員、無事に帰れるわ」
視線はコボルト・ロードに合わせたまま、わたしは言う。
「退却は必至と考える。だができるか? あれが逃がしてくれるとは思えないが」
「わたしが殿として残るから」
別に逃げるだけならば殿など必要ないのだけど、ここはそう言っておく。
「なに!? そんなことは――」
「あれに効果がありそうな魔法が使えそうなのって、わたしだけでしょ?」
「む……」
そう。
わたしは割と珍しい魔導騎士。
簡単にいえば、魔法も使える騎士なのだ。
大抵の騎士は剣一本、槍一本で戦うもの。
「適当に足止めしたら逃げるから。早く」
「しかし……」
わたしのような少女を残して先に逃げるなど、騎士の誇りが許さないのかもしれない。
それは美徳なのかもしれないけれど、正直面倒なだけ。
「オルカの洞窟でのこと、忘れたの?」
「う……む」
団長はわたしの実力を知っている。
騎士としてはまだまだでも、魔法使いとしては桁違いであることを。
「分かった。従おう」
決断すれば後は早い。
団長は副団長と共に負傷者をまとめ、後退していく。
シルヴェストルが何やら騒いでいたけれど、まあ無視だ。
いきなりやられる奴が悪い。
さて。
わたしは改めてコボルト・ロードを見やる。
小娘相手にぴくりとも動かない。
それも当然。
あのラインを越えては迂闊に襲ってこないからだ。
越えられないこともないのだろうけど、越えれば苦戦を免れないことを知っているから。
「要はここって、大聖域と大魔境の境界なんでしょ?」
答えなどないことを承知で、わたしは口を開く。
「そのラインから向こうが大魔境。だから人間がそっちに行っちゃうと、もの凄いデバフをかけられたのと同じになるのよね?」
前世での感覚で大体を推し量れば、人間が大魔境に入ると五分の一くらいまで弱体化してしまう。
これはけっこうえげつない。
たぶん、あの騎士たちだと、レベルが5未満まで下がっているはずだ。
となると、ちょっと屈強な普通の村人程度の力しかない。
つまり全く戦力にならないのだ。
あんな巨体の一撃をまともに受けようとかすれば、内臓が破裂するのも当たり前。
「でもね? わたしには通じないから」
これでも聖女候補だった身の上。
もちろん今回はまだ候補にもなっていないけど、潜在的には同じであるはずだし、実際に試して使用できることは確認している。
つまり、聖域魔法。
大聖域を限定的に発動する魔法だ。
これを常時展開していれば、大魔境の影響は基本受けずにすむ。
「――あは。ちょっとストレスだったのよね……今回、こんな治癒魔法ばっかり。これってあの女の専売特許でしょ? そんな真似事させられて……愉快なわけないじゃない?」
にっこりと笑顔を見せて――駆け出す。
レベル13のわたしでは、単純にコボルト・ロードに敵うはずもない。
でも、魔法のレベルだけなら軽く凌駕しているのだ。
「〝
飛び掛かったわたしに向けられた、わたしの身体よりも太いコボルト・ロードの下腕が、中から弾けて吹き飛ぶ。
「グガアアアアッ!?」
そのせいで、コボルト・ロードの一撃はわたしを素通り。
当然大きな隙になる。
「〝
続いて発動させたのは、死霊魔法。
アンデッド化を促す、一般的にはおぞましい邪法。
「グ、ギャ、ガ」
コボルト・ロードの表情など分からないけど、きっと恐怖で慄いているのだろう。
本来この魔法は死んだものをアンデッド化させるもの。
でもわたしは生きたままの状態で、無理矢理行っているのだ。
こんなことをしても基本失敗するはずだけど、ただただ力業でわたしは無理矢理成功させてしまう。
そしてこうやって生きながらアンデッド化した個体は、通常よりもより強い個体になる場合が多い。
さらに言えば、こういう無理はレベル上げにも効果的。
ほどなくしてコボルト・ロードの全身は腐り始め、コボルト・ゾンビに変じてしまう。
凄まじい悪臭がフロアに充満した。
「臭いわね」
そう感想を洩らせば、コボルト・ゾンビは申し訳なさそうに距離をとった。
そう。
これはもう、わたしの手駒になってしまったというわけだ。
「まったくこれで聖女候補だったとかいうんだから、我ながら笑っちゃうけど」
やっていることは魔女と変わらない。
「命令するわ。あなたはここで今まで通り門を守ること。ただし、誰か来ても殺さないように追い返すこと。できる?」
「ガ」
よろしい。
これで万が一、団長たちが増援とかを送ってきたとしても、この先に進むことはまず無理だ。
このコボルト・ゾンビは生前のコボルト・ロードよりも強い。
アンデッドになったことである種の弱点はあるけれど、神官職がいなければさほど気にする必要もないしね。
さて、先に進もう。
わたしの目的は、このデザーエンド大迷宮でのレベル上げと、その上で魔族領へ向かうこと。
時間制限があるからのんびりとはしていられない。
でも予定よりも七ヶ月ほどは早くここに来れた。
これを活かさない手はないのだ。
「ふふ。愉しみね?」
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