第6話 デザーエンド大迷宮

       ◇


 デザーエンド大迷宮。


 準備期間の十日が経過して、わたしたちイステリア子爵騎士団はこのダンジョンに挑んでいた。


 総勢十二名。

 うち二人は騎士見習い。

 わたしとシルヴェストルだ。


 これはちょっと異例なことだけど、お互いに実力を認められていたからだろう。


 ちなみに子爵の次男であるオーギュストはこの時副団長。

 ちゃんと参加していた。


 歳は確か二十代後半。

 副団長を務めるだけあって腕は立つものの、まだまだ経験不足で団長とは明確な差があるってとこかな。


 まあ、前世のわたしが助けてあげたことからも分かるように、そんなに悪い人格のひとでもない。


 さてこのデザーエンド大迷宮だけど、いわゆる十層まではそこまでの難度ではない。

 せいぜいレベル10から20くらいのモンスターが出てくるだけ。


 強くても、この前オルカ洞窟にいたレベル20台のハイ・コボルトとか、ホブゴブリン程度。


 もちろん、同じレベル20台の地方騎士では命がけだろうけど、正直わたしからすれば大したことはないレベルのモンスターばかりが出てくるだけだ。


 それでも未だレベル9のわたしにしてみれば、レベルを上げるために美味しい連中には違いない。

 だから積極的に狩りとった。


 やはり他の異種生物を殺すとレベルが上がり易い。

 おかげで八層に至るまでに、レベルは13まで上がってくれた。

 ただの訓練ではレベルを3上げるのに三ヶ月もかかったというのに、まさに雲泥の差だ。


 とはいえちょっとやりすぎて、みんなにドン引きされていたので九層は控えることにしたけれど。


「お前、本当に十二歳の小娘なのか?」

「失礼ね」


 呆れたようなシルヴェストルに、わたしは舌をみせてやる。


「そんなことよりもシルヴェストル。次の十層は気をつけなさい。十層の途中までしか地図はないんでしょ?」

「らしいな。でもこの戦力なら、まだまだ大丈夫だろう?」


 この脳筋め。

 前回――まあ前世と呼ぼうか――で、デザーエンド大迷宮で壊滅したのはまさに十層の最奥だった。


 そこまでは、多少の脱落者もあったもののそこそこ順調だったのだ。

 にも拘らず、突然難易度が上昇した。


 出てくるモンスターはさほど変わっていない。

 なのに死にかけたのだ。


 当時、その理由は分からなかったけど、今なら想像つく。

 わたしは騎士団の連中を見る。


 わたし以外の十一人。

 今のところ健在だけど、このまま進んだら何人かは死ぬだろう。


「どうしたものかな」


 別にそれでもいいと思っていた。

 以前のように義務で人助けなどするつもりもなかったからだ。

 変な感傷も持ちたくなかったし。


「……ま、ついでだし」


 長い付き合いで、前世では色々迷惑をかけてやったシルヴェストルだけは助けるつもりだったし、あとはそれこそついでに助けてやろう。


 考えるのが嫌になったわたしは、ひとまずそう結論づけて思考を打ち切る。


「どうした? ネロヴィア」

「ちょっとみんな、止まって」


 騎士見習いかつ十二歳の小娘の発言にしては生意気極まりないけれど、この三ヶ月でわたしの本性などみんな知り得ていて今さら苦言も出てこない。


 そんなわけで先頭を進む団長を始め、最後尾を守っていたオーギュストも足を止め、全員がわたしへと視線を送ってくる。


「いい? この先はちょっと危険よ」

「危険とは、具体的にどのように危険なのです?」


 礼儀正しく問うてくるのはオーギュスト。

 相変わらず紳士然としているひとだ。


「みんなも気づいていると思うけど、ハイ・コボルトが増えてるでしょ?」

「うむ。確かに」


 デフォルジュ団長が頷く。


「この先の十一層に続くフロアには大きな門があって、そこを守っているモンスターがいるのよ」

「なに? そんな情報は無かったが」


 当然だ。

 大抵ここで全滅するから情報など残るはずがない。


「守っているのはデザーエンド・コボルト・ロード。この迷宮固有のコボルト・ロードよ。一体だけだけど」


 コボルト・ロードはハイ・コボルトの上位種で、普通のダンジョンなどで遭遇すると、たいてい複数のハイ・コボルトを従えている。


 でもここでは一体だけのはずだ。

 レベルは推測で30台半ばといったところかな。


 騎士たちにとって格上の相手ではあるけれど、一体で守っているのは確か。

 十倍の人数がこっちはいるわけで、本来ならば苦戦はしても負ける相手ではない。


「コボルト・ロードは確かに難敵です。ですが、我々の練度ならば突破は可能では」


 案の定、オーギュストがそんな意見を述べた。

 別に間違ってはいない。


 でもね。

 それでみんな死んじゃうのよ。


「戦いたいのなら止めないけど、フロアの奥半分には絶対に行かないように。それだけは覚えておいて」

「それはどういうことか?」


 団長の疑問はごもっとも。

 でも全ては教えてあげられない。


 だって、みんなには適度にやられて帰ってもらいたいから。


「罠があるということか?」


 別の騎士の言葉に、わたしは頷いておく。


「とにかく気をつけて」

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