第5話 レシュタル大陸
◇
この大陸はレシュタルと呼ばれている。
これが世界の全てではないらしいが、詳しいことは知らない。
それにここに住む者たちも、外の世界にはさほど興味は無いようだった。
そんなレシュタル大陸は、大きく二つの勢力によって二分されている。
ひとつは人間種による国家連合。
もうひとつは魔族による中央集権的な専制国家。
人間による国家は、諸侯国といった方が正しいかもしれない。
大なり小なりの貴族によって治められている自治領を、王国の名を冠した組織が大雑把に管理している――そんな感じだ。
ちなみに王は世襲しない。
禁じられているわけじゃないけど、基本的には貴族たちの選挙によって決定される。
場合によっては平民がなることだってある。
つまり貴族制のある民主主義国家、ともいえなくない。
とはいえ基本、王とは旗頭であり、象徴だ。
名を上げた勇者が王になることは、王国の歴史でよくあったことである。
貴族たちにとっては自分たちの権益を脅かす存在を、どうしてわざわざ推戴する必要があったのかといえば、それはもう一つの勢力である魔族領に起因していた。
人間と魔族は歴史を振り返るまでもなく、争いを繰り返している。
大して見た目は違わないのに、飽くなき戦争状態。
極論すれば、根深い人種差別による結果だろう。
でもそれをあおっているのは神だというのだから、ひとにはどうしようもないことなのかもしれないけれど。
そんな二つの勢力が、明確に大陸を二分できているのには、聖女と魔王の存在がある。
聖女となる存在は大聖域という神代魔法を使い、魔王となるもの大魔境と呼ばれる神代魔法を行使する。
その魔法が及ぼす効果の範囲こそが、お互いの領土でもあった。
だから歴代の聖女や魔王の力のバランスによっては、勢力が大きく傾くこともあったらしい。
なぜならこの結界の範囲においては、拒絶された種族は大きくその力を減じられてしまうからだ。
敵地に乗り込むなどもっての他。
自殺行為である。
仮にそれができるとすれば、聖域魔法と呼ばれるものの補助がある者のみ。
当然逆も然りであるけれど。
そんな王国は大陸の南側、魔族領は北側に偏っている。
そしてわたしの生まれ故郷であるイステリア子爵領は、大陸の中央からみて西の端にあるいわゆる辺境だ。
魔族領に接しているものの大山脈がすぐ北側に巡っているため、直接的な影響を受けにくい地域でもある。
実際、これまで戦場になったことはないらしい。
そんな場所のいわゆる地方の騎士団に入団したわたしは、徹底的に鍛錬に励んでいた。
そもそもこの時のわたしのレベルは6。
一般的な入団基準である10を満たしてもいない。
もっとも地方の騎士団に、そんなものなどあって無いようなものではあるけれど。
「やりすぎた。少し休め」
そんなことを言うのはシルヴェストル。
まさに体育会系のこの男をして、わたしの修練は壮絶だったらしい。
「でもまだレベル9だから」
「いや、たった三ヶ月で3も上げておいて、何を言っているんだ」
また呆れられた。
ちなみにシルヴェストルのレベルは17。
年齢は十九で、この歳からいえばかなりの才能だ。
のちの王国最高の戦士長になるんだから、当然だけど。
「レベルなんてただの基準のひとつだろう? そもそもお前の方が俺より強い」
何といっても想定レベル25前後のコボルトども――まあ連中は上位種であるハイ・コボルトだろうけど――を、瞬殺してみせたわたしだ。
そう思われるのも当然である。
「魔法だけではどうにもならないわ。知らないの? 体力のない魔法使いって、けっこう役立たずよ?」
「いや、そうかもしれんが……」
わたしが徹底して鍛えていたのは、身体力だ。
魔法使いは後方支援?
後ろにいればいい?
そんな馬鹿な、である。
レベルが上がれば腕力も上がる。
戦士並みの力があるのなら、魔法だけに頼らず杖で殴ってでも攻撃すべきなのだ。
実際、レベル79のわたしは素手でスケルトンくらいのアンデッドなら、片手で粉砕していたし。
ただもっと早くに気づくべきだったとは思っている。
今のわたしは魔力系を後回しにしてでも、体力を身につけた方がいいのだ。
それに魔法使いなんかやっていると、体力系のステータスがマイナス補正で少し下がっちゃうしね。
ともあれ最後に頼れるのは自分の拳。
それは魔王との決戦で、シルヴェストルが最後まで残ったことからも自明の理だろう。
器用貧乏な勇者よりも、何かを極めた方が強い。
もっともわたしとすれば、魔法はもちろんのこと、単純な力も加えたその両方を極めるつもりでいたのだけどね。
「というかそろそろ定期討伐に参加させて。自主訓練じゃ限界。モンスターを狩った方が早いもの」
「なんでそんなに血に飢えているんだか」
「? そう?」
まったくレディ相手にひどい男だ。
「しかしまあ、そろそろいいかも、とは団長も言っていた」
「なら参加で」
「ちょっと待てぃ」
そのまますたすたと訓練場を出ようとしたわたしの首根っこを、シルヴェストルはむんずと引っ掴む。
「しかし俺は反対だ。今度実戦訓練が予定されているのはデザーエンド大迷宮なんだぞ?」
「え?」
それにはちょっと驚いた。
「もちろん、上層だけだろうが……」
「え? 本当? そこ行けるの?」
「なぜ目を輝かせる」
「だって……」
デザーエンド大迷宮。
大陸でも名の知れたダンジョンの一つ。
このイステリア子爵領の北にそびえるデザーエンド大山脈の地下に広がる迷宮。
これを突破した者はいないとされているが、北側には出口があって、魔族領に通じているとか。
そこそこ強力なモンスターが徘徊している上に、ここを通過するメリットがほぼ無いため、知られている割には誰からも無視されてきた場所だ。
そんなダンジョンではあるが、上層部分はある程度知られており、近隣の貴族お抱えの騎士団が、実戦訓練と称して籠ることはよくあった。
確かに訓練にはもってこいである。
まあ、毎回誰か死んでいるけれど。
「ちょっと早くない?」
「早い? どうして」
なぜと聞かれても困る。
以前のわたしの経験では、騎士団に入ったわたしがあの大迷宮で訓練することになるのは今から八ヶ月後。
死んだデフォルジュ団長の後を継いだ、イステリア子爵の次男オーギュストが新たな団長となり、再編成された騎士団でもって挑戦することになる。
結果は惨憺たるもので、オーギュストは死にかけて、わたしとシルヴェストル、他数名のみが生き残り、事実上、騎士団は壊滅してしまったのだ。
まあその際に、わたしがオーギュストを助けたことでのちに子爵の目にとまり、養女に迎えられることになるのだけど。
「なるほど。団長が生きているから再編が早かった、ってことね。でも好都合か」
「何を言っている?」
「こっちのことよ」
素っ気なく答え、プランを練り直す。
うん、まあちょっと準備不足だけど大丈夫だろう。
「じゃあ参加で」
「だから反対だと言ってるだろうが」
「知らないわよ。それともシルヴェストル。意気地が無いの?」
「ぐ……! 相も変わらず生意気な小娘め……!」
怒るのもごもっとも。
でもわたしはもう自分を偽らず、素で生きていくことにしたのだ。
十二歳の少女の仮面など、いちいち被っていられない。
「大丈夫よ? ちゃんとまた助けてあげるから」
「けっこうだ!」
誇りを傷つけられたのか肩を怒らせて、シルヴェストルは出ていってしまう。
のちに沈着冷静で大局を見通せるようになるほど成長するシルヴェストルも、この頃はまだ血気盛ん。そして短気。
何やら懐かしい。
こんなわたしと十年もつきあっていたせいで、いつの間にか悟りを開いてしまったのかもしれないけどね。
そんな様子を見送りつつ、わたしは誰にともなくつぶやいたのだった。
「……本当に大丈夫よ。あなたは助けてあげるわ」
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