第4話 イステリア子爵騎士団
◇
あれから村に戻ったわたしは、色々と確認を怠らなかった。
ここが本当に十年前の世界なのかどうか。
それはどうも間違いない。
そしてしっかり記憶が残っている。
これだけでもだいぶ人生の選択肢が変わることだろう。
でもわたしがもっとも驚いたのは、十年後の自分の魔法技術や知識をそのまま引き継いでいることだった。
だから洞窟で、いつもの感じで魔法を使えたのだ。
ちなみに勇者のパーティに選ばれるほど、十年後のわたしは強い。ネクロマンサーなんて偏った異端の職種に途中で転向しなければ、それこそ賢者を越えるほどの魔法使いになれていたはずだ。
それが今、つまりは十年前の時点で当たり前のように使える。
当時の本来の自分は、回復魔法がたったひとつだけ使えたに過ぎなかったというのに。
それだけでものちに聖女候補まで上り詰めたというのに、今はその時以上のものをすでに手にしている状態なのだ。
あの悪魔のおまけだろうか?
何にせよ、悪いことではない。
ただ問題があるとすれば、この幼い身体だ。
これがどうにもいけない。
外見は愛くるしくなったみたいではあるものの、表情はおよそ子供らしからぬものらしく、親たちが心配するほど。
しかも仕草なども言わずもがな。
とはいえ今さら子供の真似事などしてる場合じゃない。
いや、より切実な問題はそんなことじゃなく、身体が未熟であるという一点だ。
魔法は問題なく使えるけど、魔力の貯蔵が足りていない。体力も低い。すぐに眠くなる。
眠くなるのは魔力不足が主な原因で、これを何とかしないと継続的な魔法の行使が難しい、といったところだ。
早い話、レベルが元に戻っている、ということだろう。
これはコボルトを全滅させたことで少し上がったことからも、容易に分かるというものだ。
ちなみにこの世界にはレベルという概念がある。
客観的に自分の能力を知るための基準で、何でも大昔の大魔法使いが開発した魔法を元にしたものらしい。
魔法で身体を走査して計測し、すでにある基準に照らし合わせる、という実はけっこう簡単な原理のものだ。
例えていうならば温度計に近い。
当時計測できた最高の水準を100として、それを百分割にしているからである。
その基準指数となるのが生命力やら魔力といった各ステータスで、これらを合わせて何かしらの方程式によって導き出された数値を、レベルと呼称しているらしい。
その方程式こそブラックボックスではあるけれど、作った本人がとっくに死んでいるのでその秘密は分からず、だからこそ改変もできないため、むしろ客観的な判断基準として重宝されているようだった。
とはいえそういう遥か昔の基準であることもあって、レベル100を超えるような存在も、稀に存在していたそうだけど。
ちなみに一般的な成人男性でレベル3が平均だ。
地方の騎士になろうと思ったら、最低でも20は必要。
王国騎士団で確か30以上だったかな。
もっともレベルなんてものは、評価基準のひとつでしかない。
技術や駆け引きといった能力は反映されないし、あくまで身体的な強度を図る基準でしかないからだ。
それでも騎士団の入団条件にそういった条項を加えているのは、単なる足切りだろう。
さてそういうわたしの今のレベルは6だ。
コボルト退治で一気に上がったらしい。
こんな幼い姿でも、何も鍛えていない一般的な成人男性と仮に一対一で殴り合ったとしても、まず負けないといった程度である。
これではよろしくない。
一応、十年後の自分はレベルが79だったしね。
つまりとっととそれくらいまでレベルを上げないと、本当の意味で満足に魔法を使えない、ともいえるのだ。
さて。
となればどうするか、である。
◇
「騎士団への推薦、ですか……」
少し困惑していたのはわたしの父親だった。
向かい合っているのはイステリア子爵騎士団長カール・デフォルジュ。
この前わたしが助けたひとである。
実はこの団長、わたしがかつて通った世界では、あのオルカ洞窟で命を落としている。
でもここではちゃんと生きていた。
「ネロヴィア嬢の才覚は末恐ろしいものがあると私はみている。まだ幼い身ではあるが、子爵家のために送り出してはくれまいか」
「はあ……」
困惑しっぱなしのお父さん。
まあ分からないでもない。
洞窟に入るまでのわたしは、回復魔法がひとつ扱えたと喜んでいた無邪気な少女でしかなったのだから。
それが、なんで、いきなりどうして、といったところだろう。
「娘が騎士様たちをお救いした、とは聞いております……。にわかに信じがたいことですが」
「私とて同じ思いである。されどこうして助けられたからには、直視せねばならぬこと。そして我ら騎士団は現状半壊しておるゆえ、このような人材を見逃すわけにはまいらぬのだ」
二人が向かい合う簡素な机の上には、袋に入った何か。
金貨だろう。
でも十年前に見た時よりもずいぶん多い。
あの時我が家を訪れたのは別のひとだったし。
とはいえ、支度金として用意されたその金貨は、貧しい我が家にとっては喉から手が出るほど欲しいはず。
何といってもわたしはただの平凡な村娘であり、父親も農夫に過ぎないし。
二人が話しているのを母親に肩を支えられながら、わたしは隅で眺めていた。
この流れは前回と同じ。
わたしは子爵騎士団で魔導騎士として頭角を現すことになる。
そしてどういう因果だか子爵家の養女となって、王都の騎士魔導学院に入学。
本格的に王国魔導士か王国騎士を目指すことになったのだ。
そんな最中に現聖女が死に、新たな聖女候補を捜すことになるのだけど、その中にわたしがいた、という感じだった。
ある意味とんとん拍子に成り上がったともいえる。
でも今思えば少しずつおかしくなっていったのは、セレスティアに出会ってからだったのかもしれない。
わたしよりも二つ年上で、最初の出会いは学園だった。
そしておかしな運命に少しずつ誘導されていったような気がする。
というか確信犯的にそうしてきたのだろう。
とんでもない腹黒だ。
ああ、最悪。
今となっては思い出すだけでも反吐が出る。
でも本当にどうしようか。
まずは以前よりも強くなること。
これが第一だと思っている。
そのためにはレベル上げ。
これには地方の騎士団なんかに所属していては、遅々として進まないだろう。
というか、
でもあの金貨は魅力的。
両親に親孝行する機会なんてもう無いだろうから、あれは渡してあげたい。
それならば……そうね。
この手でいってみようかな。
これから起こる未来のことを、あらかたわたしは知り得ている。
それらを見逃さずに活かしていけば、いくらでもチャンスはあるというものだ。
だからわたしは進み出た。
「お父さん。わたし、行くよ」
「な、本気か……!?」
驚いたように立ち上がるお父さん。
前と一緒でわたしを騎士団に入団せたいとは思っていなかったらしい。
名誉よりも愛情の方が強いひとだったしね。
「決心してくれたか」
対照的に嬉しそうなのはデフォルジュ団長だ。
どうもこのひと、わたしに助けられたことで、わたしのことをとても気に入ってくれたようだ。
お父さんへの説得にもずいぶん熱がこもっていたしね。
「わたしが活躍できれば、村のためにもなるし」
「それは……そうかもしれんが」
こんな小さな村である。
そこから出た者が出世して、故郷への愛着を捨てずにいられた場合、大抵何かしら還元するものだ。
例えばコネによる税負担の軽減。
たったそれだけでも村は助かる。
「私も反対です」
お母さんもそんな風に言う。
でもわたしは知っている。
二人とも優しすぎるから、結局わたしの我が儘をきいてしまうのだ。
かつてがそうだったように。
だからわたしがイステリア子爵騎士団に見習いとして入団するのに、結局そんなに時間はかからなかったのである。
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