第3話 十年前、オルカの洞窟にて
◇
目が覚めたらそこは真っ黒だった。
真っ白から一転して真っ黒。
極端にもほどがある。
どこだろう……?
あまりいい臭いはしない。
かびたような、すえたような臭い。
経験上、すぐに分かった。
洞窟。
もしくは地下迷宮。
ダンジョンの一種だ。
となると、安易に灯りの魔法を使うのは愚策だ。
いい的になってしまう。
「〝
そういう場合は暗視の魔法だ。
すぐに浮かび上がる視界。
うん。間違いなく洞窟か迷宮。
と、すぐに気づく。
剣戟の音。
反響しているせいで近いか遠くは分からない。
でも何かが戦っている音だ。
モンスター同士、ではない。
剣戟である以上、ひとがいる。
ひととひとか、あるいはひととモンスターかは分からないけど。
本来ならば危険は避けるものである。
でも直感が問題無いと告げていた。
直感というよりは、やはり経験。
このダンジョンは大したことが無い。
だから前に進んだ。
音のする方向へ。
そこは案外近くで、すぐに分かった。
だって明るい。松明がそこかしこに転がっているからだ。
ただそんな安心感を与えてくれる火の灯りとは裏腹に、そこは修羅場だったといっていい。
「うおおおおっ!」
誰かが剣を振り下ろす。
「ギャン!」
犬のような悲鳴。
血を噴き上げて倒れ込んだのは、イヌの顔をした人型のモンスター。
コボルトだ。
イヌ系のモンスターの中では人間のように武具を扱うため、装備や練度によっては危険なモンスターである。
それが複数。
集団で襲ってくるのも特徴のひとつ。
というかここは、彼らの根城のようだ。
そこに攻め入ったのが人間、といった構図だろうか。
同じように剣を手にした人間が複数――といっても三人くらいしかいないけど、みんな肩で息をしながら構えている。
そしてその人間側の旗色は悪い。
あちこちに死体。
コボルトの死体もあるが、人間の方が多い。
人間も完全武装しているものの、練度で差があるようだ。
というか見たところ、レベルが低い。
そしてコボルトの方が高い。
きっと最初は人数こそ揃えていたものの、今では逆転。
これじゃあ全滅かな。
回復役もいなさそうだし。
冷静に判断していると、また一人やられた。
頭からかじられている。
やったのはウルフ種のモンスターであるウォーグだ。
灰色の毛並みをもったかなり大きめの野獣で、オオカミに似ているが凶悪なモンスターである。
たぶん、コボルトのペットか何かだろう。
一方的に人間が追い詰められていく様子を目の当たりにして、あれ? と今さらのように首を傾げる。
以前なら彼らを助けようとしたはずだ。
だというのに、そんな気にはならない。
冷静に状況判断を優先して、見殺しにしている自分がいることに驚く。
とはいえ全滅されると話が聞けなくなるから、一人くらいは助けておこうか。
そう決めたら行動は早かった。
「〝
瞬間的に生成された氷柱が一気に打ち出され、二体ほどのコボルトの頭を吹き飛ばす。
完全に不意打ちだったから、何か起きたかも分からなかっただろう。
それは人間側も同じ。
でもウォーグは本能的にわたしに気づいたらしい。
即座に襲い掛かってくる。
でも遅い。
「〝
瞬間、ウォーグの身体が膨らみ、内から爆散した。
ぼたぼたと肉片が飛び散っていく。
うん。弱い。
この程度のモンスターなら一人で十分片づけられる。
そう判断したところで、わたしは一気に蹂躙したのだった。
◇
「君は……いったい……?」
コボルトたちを全滅させた後。
呆気にとられていた生き残りの人間の一人が、ようやくそんな風に声をかけてきた。
生き残っていたのは二人。
壮年の男と、まだ若い男。
もう一人、ウォーグにかじられていた人間も一応確認してみたけど、頭が半分無くなっていたからもう再生は無理だろう。
それにわたしは神官系の治癒回復の魔法はさほど得意じゃないし。
「あなたたちこそ。そんなに弱いのに、挑むにはちょっと早すぎるダンジョンでしょ?」
馬鹿なの? と聞いてやれば、若い男の方が憤慨したようだった。
「これは我々騎士団の責務だ! それを愚弄するとはたとえ小娘だろうが聞き捨てならんぞ!」
熱血なお答え。
暑苦しい。
まるで誰かを思い出す。
…………。
「――え?」
驚いた。
わたしはその若い男を知っていたのだ。
「シルヴェストル……?」
そう。
戦士のシルヴェストル・ラペルトリ。
というか若い。
どうみても二十歳そこそこ。
わたしが知っているシルヴェストルより十は若い印象だ。
「なに――俺を知っているのか……?」
怪訝な顔になるシルヴェストル。
というか何でそっちはわたしを知らない。
「まあ待てラペルトリ。何はともあれ助けられたのだ。礼を言うのが先じゃないか?」
そうたしなめるのはもう一人の男。
礼儀正しい男は嫌いじゃない。
「我らはイステリア子爵騎士団の者。私は団長のカール・デフォルジュと申す。こちらはシルヴェストル・ラペルトリ。騎士見習いだ。此度はご助力感謝する」
「どうも」
やはり人間、挨拶は大事よね。
「わたしはネロヴィア・ラザールよ」
こっちも名乗り返す。
でも今また妙なことを言っていたような気がする。
シルヴェストルが騎士見習い?
イステリア子爵騎士団?
それってわたしの故郷にあった騎士団だし…………。
「――――うそ」
どうして今まで気づかなかったのだろう。
ここは過去だ。
たぶん十年前。
イステリア子爵領にあるアデッサ村。
その近くにあるオルカの洞窟。
むかしは迷宮となっていたダンジョンで、ずいぶん前に攻略されて塞がれていたのだけど、最近になってモンスターたちが住処にするようになったらしく、村に被害が出て問題になっていた案件だ。
村からの嘆願に対し、派遣されたのがイステリア子爵騎士団。
王国騎士団に比べれば見劣りするものの、子爵領においては精鋭だったといえなくもない。
それでもモンスターの戦力を見誤り、ほぼ全滅した。
生き残ったのはシルヴェストル一人だけ。
わたしはその時、図らずも治癒魔法で死にかけていた彼を回復させてしまった。
それを契機に魔法使いとしての才能を見出され、しかもその後どういうわけか聖女候補にまでなってしまう。
そして十年後に魔王城に挑むことになるのだ。
結末はご覧の通り。
いや、そんなことよりも……なにこれ?
状況を把握すればするほど、わけがわからなくなっていく。
ここで初めて自分を見まわしてみた。
手はある。
でも何か小さい。
身長も低い。
でも魔法は普通に使えた。
「鏡! 鏡貸して!」
「持ってるわけないだろう」
何かシルヴェストルに呆れられたけど、知ったことじゃない。
わたしはその辺に落ちていた剣を拾い上げると、血塗れの刀身をぶるんっと振るい、血糊を落として何とか鏡の代わりにしてみる。
磨かれていない刀身ではものの役に立たず、イラっとなって魔法を発動。
「〝
本来なら魔法防御のために武具にかける魔法である。
盾とかにかけると効率がいい。
いわゆる高位の反射魔法であり、その効果で鏡面となった刀身を鏡代わりにして、まじまじと自分を眺めてみる。
普通はこんな使い方するものじゃなけど、役に立つのなら何だっていいというものだ。
ゼトのくそじじいあたりにはまた呆れられそうだけど。
顔が違う。
いや、同じなんだけど、幼い。
これじゃあまだ十二、三歳くらいといったところ。
わたしが魔王城に挑んだのが二十二歳の時だから、十年前という感覚は合っている。
合っているけど……。
「本当に戻れたんだ」
ここは過去。
十年前の自分。
「――ふふ」
自然と笑みがこぼれた。
記憶もちゃんとある。
どうやらあの悪魔はちゃんと仕事はしたらしい。
「あははははっ」
嬉しくなって声を上げて笑った。
笑わずにはいられない。
さあどうしよう?
どうしてくれよう?
十年も前に戻れたのなら、できることはきっとたくさんある。
ならばやってみようじゃないか。
復讐ってものを。
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