第8話 最後の命令

 しかし、情勢は賽の目の如くコロコロと変わっていった。いや、エルバル国側の状況が芳しくない。


 北側が崩れたのだ。一番の理由は北側を護っていたガルモント砦が落とされたことだ。

 あとは撤退しながら敵兵と応戦するという撤退戦を強いられ、足止めとして残された多くの兵がその生命をちらしていった。


 そうなれば、当然国としては次の手を打ち出さなければならない。そう、総力戦だ。

 部隊を率いて北上しろ。大隊長からの命令が下った。


 大隊長から命令されれば、中隊長である私は従わなければならない。


 私は何故あのとき後方に下がるという選択肢をしなかったのかと、後悔している。いや、もっと言えば、あのとき彼の手を取っていればよかったのではないのかと。

 しかし、戦場に立った私が今更後悔しても詮無きこと。


 少々きつくなってきた軍服に右手を置く。まだ見た目ではわからないが、お腹周りがきつくなってきたことから、ここに命が宿っていることがわかる。


「不甲斐ない母で、ごめんな。あの男の手を取る勇気が無かった所為で、産んでやれない」


 私個人に下った命令は国の為に死ねだった。いや、正確には戦神ヴァンアスガルド将軍を殺せだった。

 その命令を聞いたとき私は死んだと思ったね。


「だから来世で産むことにする」


 きっと私は地獄に落ちるだろうから、来世があるとは思ってはいない。

 しかし、家族がいない私に、今だけ家族ができる夢を見てもいいのではないのだろうか。


「中隊長。出撃準備終えました。いつでも出撃できます」

「最後までお供を致します」

「帝国の奴らなんて、サクッとやっちゃいましょう」


 部下の者たちもここが死地だと捉えているようだ。

 本当に頭のネジがぶっ飛んでいるだけのことはある。


「無駄死にするなよ。生き残れば勝ったも同然だ」

「「「了解!」」」


 噂では帝国側もこの戦いで決着をつけようとしているらしい。だから、ここにいる兵士たちの士気は高い。この戦いに勝てば戦争が終わる。平和な世の中が戻ってくる。そう信じている。


 ふふふっ。全ては私があちらの大将であるヴァンアスガルド将軍の首を取ればの話だ。因みにこちらの大将は先程挨拶させてもらったが、子鹿のようにプルプル震えていた第四王子という少年だった。


 せめて戦える第二王子ぐらい引っ張って来て欲しかった。いや、内心軍の上層部も負け戦だと分かっているのかもしれない。北方の撤退戦がかなり痛手だった。この戦いで多くの猛将を失ってしまったのだ。


 まぁいい。私も多くの選択ミスをしてしまった。だから、私の命はここで絶えるだろう。所詮私は戦場に生きて戦場で死んでいく駒に過ぎないということだ。私情など踏み潰されて同然。


「それで、中隊長。どのような作戦でいくのですか?」

「作戦?」


 部下から作戦を聞かれたけれど、彼には小手先の技など通用しないだろう。


「いつも通りで、いいんじゃない?」

「いつも通りですか? それは我々は遊撃隊のように突出して、敵陣に突っ込み暴れまくるということですね」

「相変わらず中隊長はイカれてますねー」

「中隊長! 愛してます」


 一人おかしな言動の奴がいるが、いつものことなので、無視しておく。


「いつも通り、分が悪いと思ったら、引きなさい。こんなところで無駄死になんて、ごめんだからね」


 結局、中隊長と言っても私に付き従うのは、頭のネジがぶっ飛んだやつらだけ。他の兵たちは大隊長に預かってもらった。

 敵陣に楔を打つように、突っ込んでいって無事なわけがない。


 上層部なんて結局、指示を出すだけで、戦場の悲惨さなんて何も分かっていない。しかし、彼は将軍という地位にも関わらず、戦場に立ち剣を奮っている。本当に命を預けるのであれば、彼のような上官が良かった。


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