第9話 すべてを灰に帰す

「ゴホッ」


 口からせり上がった物を吐き出す。赤い血だ。地面に落ちていく血を追っていくと、腹に刺さった剣に目がいってしまう。下腹に刺さることは避けたものの、深々と左腹部に剣が突き刺さっていた。


「あんたはやっぱり良い女だな」


 私の腹に剣を突き刺した相手からの言葉だ。その人物に視線を向ける。


 全身フルプレートアーマーで身を包んでいるが、右胸からは剣が生えており、兜は半分破壊され、銀髪と私を見る金の目が顕わになっていた。剣に右胸を突き刺されても堂々と立つ姿は正に戦神と言っていいだろう。


「お前もいい男だよ」


 私はそう言いながら、短剣を抜きとどめを刺すべく、戦神と恐れられた偉丈夫に向かっていく。私はここで死を迎えるだろう。

 心残りがあるとすれば、お腹の子を産んであげられなかったことか。


 周りは炎に包まれ、あちらこちらに氷の刃が地面から生えている。この場には私達しか居ない。いや、炎の周りにはこの戦いの決着を見守るかのように人垣が出来ている。


 私はトドメを差すべく、短剣を首に突き刺そうとするも、グラディウス・ヴァンアスガルドは抵抗する素振りを見せない。この男も死を覚悟してこの戦地に立っていたのだろう。


 私は彼の首に短剣を突きつけたまま、ニヤリと意地の悪い笑みを浮べた。


「冥土の土産に一つ話を教えようか」

「何だ?」


 短剣の刃を突きつけられても眉一つ動かさない。ん? もしかして、ここから再起を計れる何かがある? まぁいい。この出血量じゃお互いの残りの命は短い。


「実は色々軍を抜け出せないか画策していたのだよ。それで、無事に軍の目をごまかせたら、春にでも子供と共にラディの前に立って驚かせてやろうと思っていたのだ」

「は? 子供?」

「まぁ、産んでやれそうにないから、来世で産んでやると約束したけど」


 そう言って私は血まみれの腹部を撫でる。


「クククッ……ハハハハハッ……ゴホッ。笑かすな。しかし、来世か。それはいい」


 すると、彼の魔力が突如上昇する。まさか、まだこれほど余裕があったのか。

 突きつけていた短剣に魔力と力を込める。短剣が熱を帯び炎が吹き出す。


「イッ!」


 何も抵抗しないと思っていたら、私の首に噛みついてきやがった! そして、私の肉を食いちぎった。正に人を食った顔をしたグラディウスは皮肉めいた笑みを浮かべている。


 私の短剣で半分首が焼き切れているのに、苦痛に顔を歪めるのではなく。やりきったように笑っているのだ。


「ゴホッ」


 まぁ、私自身もここで限界だ。


「『全てを……無に帰す炎となれ……滅炎…』」


 ここで死ねば私の身体は敵国のいいように扱われるだろう。ならば、全てを灰にしてしまえばいい。


「ごめんね」


 何も守れなかった私の声は、白き炎に包まれて消え……。

という記憶が降ってきましたわ。


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