第5話 嫁に来い

「こ……これが幻の『ニホンシュ』!」


 私は透明な液体を見て感動していた。


「ああ、市場には出回らないが、ここに来れば飲める」


 私の向かい側には銀髪の偉丈夫が卑屈な笑みを浮かべて座っていた。その私と偉丈夫の間には所狭しと並べられた、料理があるが、どれも見たことがない料理であり、小皿に綺麗に盛り付けがされている。


「ここの国主であった商人アキラ・コトブキがこだわって作った店だからな。まぁ、飲んでみろ。絶対に気に入ると思うぞ」


 ラディに促され、透明な液体を喉に流し込む。ピリッとしたアルコールの中に芳醇な香りが漂い、スッと喉に流れていく。


「これはいい。一樽でもいけそうだ」

「残念ながら、この酒の樽売りは無いらしい」


 美味しいものは少ししか、食べられないのが世の常。この出されている『ワショク』もここでしか食べれないものだ。


「しかし、将軍様は太っ腹だね。一週間しか共にいないヤツに、これほどの食事を奢ってくれるなんて」


 私はそう言って、目の前の料理を食べる。小さな器に少しずつ並べられた料理はどれも美味しい。今まで食べたことがない味だが、美味しいと感じている。


「ラディと呼べと言っているだろう。それから、アンリだからここで一緒に食事をしようと思ったんだ。部下でも連れては来ん」


 ラディはニホンシュを飲んで機嫌の良いようだ。


「アンリは俺の嫁に来るんだろう?」

「永久就職いいねぇ。そこは酒は飲み放題かな?」

「二日酔いになるまでは飲むなよ」

「ぷっ! 昨日は羽目を外しすぎただけだ。普段は二日酔いを起こすほど飲まない」


 四軒もバーをはしごするなんて、普通はしない。しかし、昨日は飲みたかったのだ。


「アンリの家族はどこにいるんだ?」

「残念ながら、私は天涯孤独の身だ。生きるも死ぬも自由だ」

「そうか。では子供は十人ぐらいがいいな」

「ぷっ! 十人。多すぎると思うが?」

「寂しくなくていいだろう?」


 ん? どういう意味だ?

 私がラディの言葉の意図を考えていると、ニヤリと笑みを浮かべて言った。


「死ぬ時はベッドの上で孫に囲まれて死ぬのが夢だ」


 その言葉に、なんて大それたことを言うのかと、驚く。いや、平和な時代が来れば、それは普通と受け止められるかもしれない。

 しかし、ラディも私も戦場に立ち、戦う軍人だ。明日死ぬともわからない身で、寿命まで生きたいという。なんて……なんて、眩しい夢なんだろう。


「それはいい。子供と孫に囲まれて死ぬなんて、いい夢だ」


 あり得ない夢だ。私もラディもきっと戦場で死ぬことになるだろう。それが現実。


 食事が終わった私はタバコを取り出し、火をつけ、紫煙を吐き出す。


「儚い夢だ」

「クククッ。語るのは自由だ」

「ああ、そうだな。語るのは自由だ。結婚退職して、戦場を離れて小さくても家を持って、夫と沢山の子供がいる家庭がいい。家族を知らない私でも受け入れてくれる夫がいればだ」

「だから、俺のところに嫁に来いと言っている」


 よく言う。グラディウス・ヴァンアスガルドは帝国では英雄扱いだ。そんな英雄様の嫁に赤き悪魔と呼ばれる私が嫁に行けるはずはないだろう。

 ふぅっと紫煙を吐く。


「私は赤き悪魔だそうだ」

「エルバル国の英雄だ」

「英雄と持て囃されても所詮は人殺しだ」

「それは俺も同じだろう?人殺し同士お似合いだろう?」

「お似合いか?」

「お似合いだ」


 その言葉に互いに笑いが込み上げている。

 英雄と呼ばれる人殺し同士か。国や立場が違えど、私とラディは似た者同士ということか。


「そうだ。もう一軒寄らないか?」


 飲みに行こうというやつか。


「では、付き合おう」

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