第15話 最後のホームルーム
式典が終わると各クラス毎に退場していき、おれのこの学校での仕事も、残すは今年度最後のホームルームのみとなった。
壇上からはおれの口で、おれの言葉で、離任の挨拶をしたものの、一年間過ごしてきた十三組の奴らに、きちんと同じ目線で面と向かっては伝えていない。
さすがに最後のホームルームにまで顔を出さない訳にはいかない。この後、教室で改めて伝えなければ。
しかし、今さらと言っては何だが、一体何と伝えれば良いのだろうか。
当然、こんな形で知らされたとあっては、奴らも黙ってはいないだろう。この期に及んで言い訳するのも何だから、開口一番に詫びを入れて、さようならの言葉を並べるのが無難であろうな。まぁ、遅かれ早かれといったところだ。
いや、そもそも、奴らが別れを惜しんでくれるのかどうかも、本当のところでは分からない。心残りで、相思相愛だと感じているのはおれの思い上がりで、案外奴らはサラッとしている可能性も無きにしも非ず。
どちらにせよ、頭は下げておくのが人情というものなのだろう。
ひとしきり頭の中で、教室でのお別れの場面を描いているうちに、生徒達はすっかり退場し、体育館出入り口の混雑は収まっていた。そろそろおれも教室へ向かおうと体育館を出た所で、突然に十三組の奴らが立ち塞がった。
「はーい!タツ兄ー、回れ右ー!」
「あ?お前ら教室に帰ったんじゃなかったの?」
「ええけん、ええけん。早よ体育館戻って!」
よく見ると後ろには担任の姿もある。いよいよ教室はもぬけの殻ということだ。クラス全員揃ってホームルームをすっぽかし、何を始めようというのか。
連行されるがまま、おれは体育館のフロアの真ん中にやってきた。
「とりあえずタツ兄はここで座って待ちよって!」
おれの返事も待たぬうちに皆ゾロゾロと、ステージ脇の控室へと消えて行った。
「あの子らが自分達で言い出した事なので、見てやってて下さいね」
担任も、それだけおれに言い残し、奴らに着いて控室へと入って行った。
ステージの緞帳が降りる。幕の向こう側では、何やらガヤガヤと賑やかにやっている。
ああ。ようやっと気付いた。おれの送別のサプライズか。
あいつらには、おれが今年度限りだということは言ってなかったはずだが、どこかしらでその情報を仕入れて今日に備えたのだろう。何かの拍子で杏子にはポロッと漏らしたが……。
何にせよ、粋なことをしてくれる。これは本当に、隠していたつもりではなかったが後で謝っておこうか。
とりあえずは、奴らが何を始めるのか見届けようと、おれはどかっと腰を下ろして片膝を立て、安気に構えて時を待った。
準備が整ったのか、体育館には静けさが戻った。すると、ゆっくりと幕が上がっていく。緞帳を巻き取る機械音だけが耳に入ってくる。
おれは目を閉じた。
まるでジェットコースターの始まりの登り坂。これから走り出す期待と緊張が、カタカタと引き上げるベルトの音によって高められる。おれが今座っているのは先頭車両の特等席。
その音が止まり、一瞬の静けさがやって来たと思った矢先、張り裂けそうな程膨れ上がった感情が一気に解放される。
再び静まり返った体育館で、おれはそっと目を開けた――。
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