最後の仕事 六 〜二夜の敵も味方に〜

「そういえば、聞きたいことがあるんだけど」


 ふいに、流澄が口を開いた。


「はい?」


「私が『青の間』を盗みに入った夜、作業服姿の少年とかち合ったんだ」


「ああ、『八百請負人衆やおうけおいにんしゅう』ですね」


 桜はすぐ答えた。

 実は、対怪盗東雲のために彼らを向かわせたのは、彼自身なのである。


「『八百請負人衆』……。どこかで聞いたことがある名前だね。ああ」


 流澄はぱちんと指を鳴らした。


「国や会社からの依頼を請け負う、あのよろず屋まがいの民間組織か」


「そうです。その節は国からの依頼として頼みました。彼らならあなたを足止めすることが可能だと思ったので」


 しかしそれも失敗した。桜は、はは、と苦笑いする。


「残念ながら、あてが外れたね。でも烏くんは、これからかなり伸びしろがある、面白い子だよ。あとはあの女――名前は何だったっけ?」


樅慈もみじさんですかね。八百請負人衆は、今挙げられたふたりと、あともうひとりで構成されていますから」


「あとひとりは見てないね。八百請負人衆じゃなくて、八百請負三人衆さんにんしゅうにすればいいのに」


「構成員が抜けたり入ったりで、人数に揺れがあるので、そうも行かないんですよね」


 国から、犯罪者を捕らえる依頼が来るほどだ。生半可なまはんかな覚悟でできる仕事ではない。


「いわゆるブラック企業ってやつか」


「まあ、基本なんでも請け負いますからね。多いのは貨物の護送ですが。それなりの経験と体力と、あとはやはり、あの魔術師ふたりの中で自分の存在意義を見いだせるかですね」


 烏も樅慈も、腕のたつ 魔術師だ。一般人がそんなふたりと肩を並べることは、困難だ。


「もうひとりはどんなやつなんだい」


「魔力はなく、身体能力も高くはないので、基本的に戦闘には参加しません。主な役目は事務仕事ですね」


「血気盛んな樅慈御前もみじごぜんと、世間知らずの烏くんには、事務仕事は手に余るか」


「そうですね。名前はたしか……、宰薔さいしょうだったかと」


 へえ、と答えて、流澄は桜が思いも寄らないことを口にした。


「今から依頼しに行こうと思うんだけど、いくら必要かな?」


「はい?」


 依頼――?八百請負人衆に?

 桜は一瞬固まった。


「依頼だよ。金をいくら積めばいいかな」


 流澄は平然としている。


「依頼って、かなりの額ですよ。いや、じゃなくて、何を頼むんですか?」


「今回のこと。国外でも活動してる彼らなら、私の荷の護送を頼んでも、別段怪しくはないよね」


「彼らの煌陽とベルメールでの活動比率は六対四……。たしかに怪しまれることはないと思いますけど、どうして護送の依頼を?」


 秘密を知る者が増えると、密告の危険がある。


「皇宮に潜入するためさ」


「え?皇宮に……潜入?!」


「うん。皇宮に潜入」


 またもや平然と答える流澄に、桜はため息をついた。


「そういうことは、先に言ってくださいよ」


「だって話す暇なかったじゃない」


「それは、流澄さんが早く保安局から許可を取れって言うから」


 桜は釈然しゃくぜんとしない気持ちを切り替え、話を変えた。


「それで、八百請負人衆の依頼料についてですが、安いと言うにはほど遠いですよ。なんせ命を賭けてますからね」


「それは承知の上さ。私の財産は、国庫には及ばないだろうが、個人としてはかなりの額を約束できる。私の財産は私の過去と大きく関係しているから、今はその出所は話せないけれどね」


「怪しい出所でないことを祈りますよ。というか」


 桜は少し心配するように、


「前に死闘を繰り広げた相手ですよ、嫌じゃないんですか」


「ううむ、私としては別に彼らを敵とは思っていないよ。彼らにとってはただの仕事だったんだし。あと楽しかったから」


 無邪気に笑う流澄に、桜は安堵の表情を返す。


「その割り切り方は尊敬します。依頼に関しては、僕が連絡を取りますね」


「ああ、頼んだよ」


 「今日の夕餉ゆうげの後のデザートは、豆乳チェリーパイですよ」と桜が言い、流澄は上機嫌に本を読み始めた。

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