最後の仕事 二 〜探偵は推理欲を満たしたい〜

「では、これで」


「ええ。お仕事頑張ってね〜」


 桜とミシェルは、案外あっさりと別れた。きっと流澄と別れる時もこうだったのだろう、と桜は思った。


 彼はまず、宿に向かった。流澄はもう引き払っている可能性が高いが、手がかりが残されているかもしれない。



 応接間に入ると、女将が笑顔で迎えてくれた。


「あら、寿々木さん。久しぶりですね〜。静星さんなら部屋でお待ちよ」


「えっ、はい、ありがとうございます」


 "静星さんなら部屋でお待ちよ"。


 この一言に、桜は驚きを隠せなかった。

 彼は首を傾げながら、部屋に向かった。


「流澄さん、桜です。ただいま帰りました」


 そう言って部屋に入ると、居間のソファに沈む人影が見えた。


「お、桜くんかい。久しぶりだね」


 流澄は顔を上げて桜を見た。


「てっきり逃げたかと思ってました」


「逃げる前に、誘拐事件の解決をしたいと思ってね」


 愉快そうに目を細めて、流澄は答える。


 桜ははあ~と長いため息をつくと、ふっと笑った。


「なんともまあ、流澄さんらしい理由ですけど、僕は今すぐにでもあなたを逮捕するつもりですよ」


「立派な脅し文句だけど、こっちはのこのこ捕まるために残ってるわけじゃないよ。誘拐事件解決まで待ってくれ!」


 顔の前で両手を合わせて、流澄は桜に頼み込んだ。

 情に流されまいとしていた桜だったが、こんなに純粋に頼まれると、ついつい流されてしまう。


「僕は保安局員の手弱であり、寿々木桜というのは仮の姿です。情に流されるのはご法度はっと……、ですが」


 桜は困ったようにまたため息をついた。


「魔法封じに応じるなら、猶予を設けましょう」


「まあそうなるとは思っていたよ。もちろん、魔法封じには応じよう。それで、魔法封じの魔道具は、どんなにさえない物なのだろうか……って、え?」


 流澄は、桜が彼の首にかけたネックレスに目を見開いた。


「いや、これは、待ってくれ、いくらしたんだい」


「保安局員の給料舐めないでください」


 桜は流澄の首の後ろで留め具を留め、首の辺りでネックレスの形を整えた。


「どうですか」


「最高だよ」


 流澄は鏡の前に躍り出た。

 首には、彼の瞳と同じ緑色の小さな宝石が光っている。


「外せないように魔法をかけましたので、お風呂の時と寝る時は我慢してください。首に絡まってもあなたじゃ外すことができないので、気をつけてくださいね」


「ああ。おおいに気をつけるよ」


 流澄は鏡の前でくるくると回る。上機嫌な彼を見て、桜まで気分が和んだ。



「ではさっそく、事件の解決に乗り出そう!と言いたいところなんだが、警察は私に証拠を伝えに来るだけで、単独調査は認めてくれない。保安局員の権限で、そこをなんとかしてくれないか!」


 煌陽土産を広げる桜の横で、流澄が両手を合わせる。


「言うと思いました。明日してきますね」


「今すぐに頼むよ」


「僕に霞さんが持ってきた証拠を提示するのが先です」


 てきぱきと作業を進めながら、桜はきっぱりと答えた。


「どうせ君に話しても意味ないだろう」


「保安局員に向かってそんな口が利けるのは、流澄さんぐらいですよ」


 唇を尖らせる流澄を横目で一瞥いちべつしただけで、キッチンに向かう。


「ううむ、分かったよ。先に霞くんからの情報を君に教えよう」


 流澄はしぶしぶ、といった様子で話し始めた。


「君が首都に戻っている間、私と霞くんはどうやってベルメール帝国の誘拐組織を逮捕するか考えていたんだけど」


 流澄は口の片端を上げた。


「それは難しいって結論に至ったよ。国の機関としてはね」


 流澄の笑顔に桜は青ざめ、紅茶をいれていた手を止めた。


「まさか……」


「そのまさかだよ。私はベルメール語が流暢りゅうちょうだからね。ベルメール帝国に潜入しても、在りゅう煌陽人の役なんて朝飯前さ」


 辺瑠芽射――ベルメール帝国に当てた漢字であり、その略をりゅうと言う。


 流澄は事件解決のために、ベルメール帝国に潜入しようと考えているのだ。


「魔法封じがあるんですよ!?無理ですよ」


「だから君がついてくるんだよ」


「いや行きませんって!ベルメール語、少しかじっただけでも難しかったんですよ?!」


「まあ君は私の親戚ということにすれば、ベルメール語なんて話せなくても大丈夫だよ」


 流澄は桜の慌てように、愉快そうに目を細めた。


「そういう問題じゃなくて、保安局から許可が降りるかどうか……」


 桜は唸る。


「そこはまあ、なんとかしてくれ」


「無茶振りやめてください……」


 しばらく考え込んでいた桜だったが、ふと顔を上げた。


「待ってください、話がそれてます!霞さんからの情報を提示するって話だったじゃないですか」


 流澄は桜に睨まれて、天井を仰いでいた顔を正面に向けた。


「ああ、忘れていた。君に話してもあまり意味がないだろうけど、テオドーレ商会は」


「ベルメール皇室と繋がりがある。知ってますよ、調べましたから」


「ほら。だから君に話しても意味がないと言ったんだよ」


 桜は保安局からいくらでも情報を引き出せる。

 警察がやっとのことで収集した情報など、取るに足らない。


「保安局員ですから」


 桜は当然のことのように言う。流澄は心の中で霞を憐れんだ。


「皇室が黒幕の可能性も否めない。私が在瑠煌陽人の商人で、君はその従兄弟いとこだ。どうだい?」


「許可が下りる保証はありませんよ」


 桜はため息をつきながらも、どこか満更まんざらでもないようだった。

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