陰謀 十四 〜無罪証明はいかに〜

 保安局員たちに不穏な動きが見られる。


 桜は彼らの前に出て、東雲の話し相手になることにした。


「あなたが本当に僕たちに害をなすつもりがないなら、せめて下りてきてほしいものですね」


「下りたら捕らえる気だろう」


「否定はしません」


「ほら」


 桜は背後の同僚たちに目配せして、市長の警護に集中しろ、と伝える。


「ちゃんと大人しくしていてくださいよ、私たちはある意味、あなたのために集まっているようなものなんですから」


「はいはい、了解しましたよ。ところで」


 東雲は、腕を組んで宙にあぐらをかいた。


「君たちが持っている『亡者憑き』の記録はいつのものだい?」


「百五十年前のものです。『亡者憑き』が封印される直前の記録ですね。刀の代々の所有者や、大きさ、また本当の名なども載っています」


「刀の本当の名なら知ってるよ。『清水切り』だよね。前に誰かさんの矢で割れてしまったけれど、白鞘に書かれていたよ」


 東雲は顎に手を当てた。


「百五十年もの間、その記録とやらはどこに保管されていたんだい?」


譲葉宮ゆずりはのみや邸です。記録をしたのは、宮家の祖先である譲葉兵部卿宮ゆずりはひょうぶきょうのみやですから」


「今日までに、手を加えられていない保証はあるかい?」


「それは……」


 東雲の言葉に、桜は目を泳がせる。


「その様子だと、ないようだね」


「そうですね」


「手弱くん、こいつの言葉に惑わされるなよ」


 安藤が口を挟む。


「誰が惑わせるだって?ただ質問しているだけだろう」


「宮家に保管されていた記録は、複製されたものではない、だ」


「本物であっても、手を加えられている可能性があるじゃないか。私は正真正銘本物の記録で検証してほしいんだよ。だから持ってきたんだけど……」


 東雲が懐に手を入れ、皆は身構えた。


「じゃじゃーん!本物の『亡者憑き』です」


 黒い鞘を懐から取り出すと、東雲はそれを桜に放った。

 桜は無表情のまま受け取る。


「前の暗殺未遂騒動の時に、白鞘は割れてしまってね。急ごしらえの粗末な鞘で許してくれ」


「おい、この刀、気が触れると言われてるだろう」


 安藤が桜を見やる。


「大丈夫ですよ、一時的に預かるだけですから」


「私の気が触れてないから大丈夫じゃないかい?」


 東雲の返しに頷いて、桜はゆっくりと刀を抜いた。


 深海色の美しい刀身に、人々は目を奪われた。


「こりゃあオークションで何億とする代物だ」


「本当に美しいわね……」


 安藤とミシェルも、口々に嘆息する。


「スケッチを見せてください」


 桜の指示に、スケッチ係の男たちがスケッチを掲げる。


 その凶器の形は、『亡者憑き』と一見変わらないように見えた。


「一目じゃ分かりませんが……」


 桜は少し考えてから口を開いた。


「安藤さん、指の先を少し切ってくれませんか?」


「は?」


「血が必要なのでお願いします」


 差し出された桜の指先に、安藤はしぶしぶ刀を取り出し、刃を滑らせる。


「ありがとうございます」


 桜の指先から垂れた血が、刀身に吸い込まれた。


「あら、綺麗な模様ね」


 ミシェルが思わず声を上げ、一同はあっと声を上げる。


 深海色の刀身には、波の模様が現れていた。


「まさに『清水切り』だね」


 清水に滑らせた刃が立たせる波。それがこの模様の真意だろう。


 東雲は、余計にこの刀の研究がしたくなった。


「血に触れると発動する魔法なので、市長の胸の傷にも、この跡がつくはずですが、スケッチを見る限りありません。となると」


 桜は東雲を見上げた。彼は満面の笑みだ。


「ベルン市長を刺したのは、怪盗東雲ではない」


 桜は顎に手を当てた。


「僕が見た黒いローブの人物こそ、ベルン市長を殺そうとした犯人である、ということです」


 病室内にどよめきが起こった。


「待て、こいつが他の凶器を使った可能性は……」


「それはありません。実はあのホテルの結界には、所持品を透視する効果もありました。結界師の証言で、彼はあの日武器を持っていなかった」


 安藤の問いに、桜が淡々と答えた。東雲は上機嫌に帽子のつばを直す。


「感謝するよ、今回の検証から、君や結界師の証言まで。これで私の濡れ衣が晴れた」


「殺人の濡れ衣は晴れても、窃盗は無理よね?犯罪者には変わりないわよ」


 ミシェルの言葉に、安藤は東雲をキッと睨みつけた。


「そんなに牙を見せなくても、私はこれから『亡者憑き』と大人しく帰るよ」


「それは大人しく帰るじゃないだろう。『亡者憑き』はこちらが回収して保管庫に戻す」


 安藤に言われて、東雲は不機嫌そうな顔をした。


「うむ……。手弱くんだったか、君。『亡者憑』を返してくれないか」


「それはできませんね。戦利品をのこのこと渡したあなたが悪いです」


 桜に正論をぶつけられて、さらに不機嫌さが増す東雲。


「連れないなぁ……。しかたないか」


 不満そうにそう言うと、彼はマントをひるがえして消えた。


「ほんとに大人しくいなくなったわね」


 ミシェルのつぶやきに、一同はほっと胸をなでおろす。


「俺はやつが院内に残っていないか捜索する。寿々木くん、君はもう戻ってかまわない」


「僕も手伝いますよ」


 先輩風を吹かせる安藤に、桜は首を振る。


「君は列車の長旅に疲れているだろう。俺はここ数日部屋で寝てたんだ」


「ですが……」


「先輩の言葉には従っとけ」


 桜はたしかに長旅に疲れていた。少し悩んだ後、彼は安藤の言うことに従うことにした。


「では、お言葉に甘えて。僕はこれで失礼します」


「おう、しっかり休めよ」


 桜はひとりで部屋に戻った。ミシェルと同じく広い部屋だ。


「ただいま帰りました〜」


 部屋には誰もいないのに、桜は思わずそう言ってしまった。

 普段は帰ると流澄が迎えてくれるのだ。


 疲れているな、と思いながら、彼はキッチンのカウンターに近づいた。


「あれ?」


 小さな包みが置かれている。横にはメモもあった。


「お仕事お疲れさま、桜くん……。流澄さんか」


 メモを読み上げ、彼は包みを開いてみた。


 入っていたのは、かなり前のものらしいクッキーだった。


「うわ……」


 見覚えがある。桜が一ヶ月前に焼いたものだろう。


「これは、うん。まあ」


 流澄さんらしいが、処分はどうしよう、と考えながら、彼はベッドに潜り込んだ。

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