陰謀 十三 〜怪盗、華麗に(?)現る〜

 その夜、桜、安藤、そしてミシェルの三人は、二十二時にベルン市長の病室前に集合した。

 保安局員が大勢集まっていた。


「さっき伝えた通り、大勢の監視の下で行う。我慢しろ」


「分かってるわ。学生時代からこういうのには慣れてるから大丈夫よ」


 ミシェルは身体検査をされながら答える。


 近くにいた保安局員が解錠し、三人は部屋に入った。


「再度確認するが、お前の特異魔法は人を傷つけたりするものじやないよな?」


「ええ、大丈夫よ。どういうふうに具現化されるのかしら」


「この辺りに浮かび上がるはずだ」


 安藤は、頭の上を指す。


「念のため、手弱くん含む観衆が防御魔法の用意をしている。凶器が具現化されて、襲いかかってきたら大変だからな」


「あたしの責任にされちゃ困るから、念入りに頼むわね」


 桜が頷いたのを確認して、ミシェルは市長の枕元に寄った。

 大勢の視線が、ミシェルの背中に注がれる。


「それじゃあ始めるわよ。いい夢見ててね市長さん」


 ミシェルが市長の胸に手をかざした。


 静かに閉じられたミシェルのまぶたからは、藍色の長いまつ毛が伸びている。

 安藤はその背に触れた。


 天井付近に白い煙が立ち上り、やがてひとつの形を浮かび上がらせた。


 凶器の、市長の胸に刺さった部分の形状。その刃は細く、やはり刀だと思われる。


 無言のうちに、数人の男たちがスケッチを始める。

 様々な方向からのスケッチを残し、記録されていた『亡者憑き』の形状と比べる。


 これが、今回怪盗東雲の無罪を証明する方法だ。


 ふいに、窓がカタリと音を立てて揺れた。


 天井付近にダークグリーンの布がひるがえり、観衆は一斉にそちらを仰いだ。


「ごきげんよう皆さん!」


 満面の笑みで現れたのは、ダークグリーンのスーツに身を包む紳士。


「怪盗東雲!!重症を追ったはずでは……!?」


「私は大魔術師だよ?それくらいでくたばるわけないだろう」


 けらけらと笑う東雲に、一同は市長を守るようにして周囲を固めた。


「そんなにピリピリしなくても、私は何もしないから。というかそもそも何もしてないし!」


「いや、盗みを働いてるでしょう」


「市長に対してだよ!」


 桜の返しに、東雲は頬をふくらませる。


「皆さん、私の無罪を証明するために集まってらっしゃるんでしょう、ご苦労さん。噂に聞いたものでね、見届けに来たよ」


「どこでそんな情報を……!」


 安藤が舌打ちをする。


 そんな中でも冷静にスケッチを続ける男たちには、東雲も感心するしかない。


「初めまして、怪盗東雲さん」


 ミシェルが、市長の胸に手をかざしたまま顔を上げる。


「初めまして、あなたのことは何と呼べばよいかな?淑女レディ?それとも紳士ジェントルマン?」


「どちらも違うわ。ミシェルと呼んでちょうだい。あなたのことはシノと呼ぶから」


「よく承ったよ、ミシェル。シノか。面白い名付け方だね」


 東雲の悪質な質問にも、ミシェルは落ち着いて答える。

 ミシェルが軽く眉の端を上げ、東雲は軽く手を振った。


 さて、東雲に向かって武器を構える者もある。

 広いとはいえ、部屋の中だ。今捕まると、桜の仕事を奪うことになる。


「どうやって入って来たんですか」


 桜が時間を稼ぐ質問をした。


「企業秘密、と言いたいところだけど、さすがに今市長には死なれたくないから、警備の穴を教えてあげよう」


 東雲は、人差し指を立てて笑みを浮かべる。


「まずひとつ、私は私服で入ったよ。受付で手続きをして、エレベーターに乗った」


「結界はどうやって通過したんですか?結界に反応した者、つまり魔力持ちは、入るまでに厳しい検査を受けるはずですけど」


「結界なんてあったの?気づかなかったよ」


 実際、東雲は昼間に侵入したため、結界の存在には気づいていなかった。


「ここは魔力を持たない人に対しては、ゆるい警備になっている。一般人を甘く見てはいけないんじゃないかい」


 安藤が目を見開いて東雲を見上げる。


「魔力がない一般人……?お前は魔術師だろう!――まさか」


「ふふ、やっと気づいた?」


 東雲は右の口角を上げた。


「私は、昼間には魔力を持たず、夜になると魔力を宿す――いわゆる特異体質さ」


 病室内に衝撃が走った。

 人々は東雲を見上げて固まっている。


「そんな体質が、本当にこの世に存在するのか……?」


「にわかには信じられませんね」


 安藤と桜が、緊張した面持ちで顔を見合わせる。


「そうかしら?」


 そう言ったのは、ミシェルだ。

 ちょうどスケッチが終わり、男たちの合図に、ミシェルは市長から離れた。


「魔法には謎が多いわ。これくらいのこと、あってもおかしくない」


「そう。これくらいのこと、魔法の謎に比べたら氷山の一角にすぎないんだよ。私も魔法を、そして自分自身の体質を研究しているところなんだが、そもそも魔法に関する情報は少ないんだ」


 東雲が笑う。


 衝撃の事実と警戒をゆるめられない状況に、人々は疲労を感じた。

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