陰謀 十二 〜ミシェルの昔話〜
食堂は予想通り、空席だらけだった。
奥の方に、看護師らしき数人が食事をしているのが見えた。
「豆乳チェリーパイをひとつ」
「本当に存在するんですか、そんなメニュー」
「案外美味しいわよ〜」
ミシェルの呼んだ給仕に注文を言いつけて、三人は今回の事件について話し始めた。
「あたしの特異魔法は、傷を診ることよ。傷口から凶器の形状を割り出せるの」
「形状を割り出した後、それに合う凶器を見つけるために、俺の特異魔法が必要ってわけか」
「あたしの特異魔法の証明が七割くらい占めてそうだけど」
「まあな」
安藤は淡々と続ける。
「お前の経歴は調べ上げた。ルーチェ王国立大学、今のルーチェ大学出身だそうだな」
「ええ」
横合いから手が伸びてきて、豆乳チェリーパイの皿がミシェルの前に置かれた。
「医学部医学科を首席で卒業した後、ルーチェ総合病院に就職。今で五年目」
「保安局って怖いわね〜」
ミシェルが声を落として呟く。
安藤はまあな、と答えてスプーンを手に取った。
彼の前にあるのは、大きなプリンだ。
「
「そうだな。夫人たちが自室に帰った後に行う。それまでは仮眠でも取っとけ」
「そうさせてもらうわ。睡眠は大事だもの」
それからは沈黙が続いた。三人とも各々のデザートに集中し、集合時間を確認して解散した。
桜は部屋に荷物を置いた後、ミシェルを訪ねた。
「ミシェルさん、桜です。お土産を渡そうと思って」
「来ると思ってたわ。どうぞ上がって」
ミシェルは桜を部屋に上げた。
受け取った紙袋をカウンターに置いて、ミシェルは彼と向かい合って座った。
「それで、ルースのことを聞きたいのね?」
「……はい。お見通しでしたか」
桜は軽く目を見張る。ミシェルは微笑んだ。
「あたしの大学の話をアンちゃんがしてた時、何か言いたげな目をしてたでしょう」
「次からは気をつけます」
「素直ね。それにしても、保安局でも無理だったのね、ルースの過去を洗い出すのは」
ミシェルはくすりと笑った。
「ルースは留年生だったみたいで、あたしも年齢を知らないのよ。あれの学部は文学部で、あたしとは本来接点がないはずだったのだけど、神についての歴史研究をしていた教授が急に亡くなってね」
「待ってください、それって、『
「そうよ。初めは、事件自体を理事会の決定で隠蔽したの。警察沙汰にならなかったことで、大学側が教授の死に関与している、と誰もが思ったわ。それでね、誰がどういう理由で教授を殺害したのか、謎を解明したがる人が現れたの」
「それが、流澄さんってわけですね」
「そう。急に研究室に押しかけてきてね、一番成績のいいやつは誰だって訊くから、教授があたしを指してね。ルースとはそれで知り合ったの」
ミシェルはため息をついた。
「その頃からもう、あたしはルーチェ総合病院に就職するって言われてたのよ。成績はずっと一番だったし、人脈作りも頑張った。なのに、そんなあたしの努力を白紙にするかもしれないことを、あいつは頼んできたのよ!」
「その頼みとは……?」
ミシェルは眉をつり上げ、桜は前のめりになった。
「死んだ教授の解剖よ」
桜の目が見開かれた。
「待ってください、『祟り事件』については、ルーチェ総合病院の医師が解剖したって聞いてますけど。公にもそうなってますよね」
桜の鋭い指摘に、ミシェルはまぶたを閉じた。
「あたしは優秀だったの。あたしはルーチェ総合病院が、喉から手が出るほど欲しがってる人材だった。ちょうど、戦後で魔法医が不足していたこともあったのかしらね。あたしが退学になるのを阻止するために、病院側が他の人が解剖したことにしたの。実際、あたしはルーチェ総合病院の部屋を借りて解剖したし」
ミシェルはどこか遠い目をしている。
「あの時からルースは、あんな感じだったわ。よく切れる頭脳に、よく物を言う性格。でもお菓子が好きでわがままな、子供っぽいところもあった」
「今と全然変わりませんね」
「ええ。でもね、食事に誘うと必ず断ったの。あたしだけじゃなくて、誰から誘われても。理由を尋ねたら、体が受けつけないとか言ってたけど、あなたの手料理を食べるのを見ると、うそかしらね」
「あるいは、体質が変わって治ったとか?」
「詳しくは分からないわ。お菓子は市販のものでもよく食べていたもの」
ミシェルは頬杖をついた。
「そういえば、出身について尋ねたこともあったわね。懐かしいわ〜」
ミシェルは、六年前のことを思い出した。
ある春の日。大学の敷地内の桜の木の下で、ミシェルと流澄はばったり出会った。
会う約束をしたわけでもないのに。
「あら、ルースじゃないの」
「やあ、ミシェル」
ひらひらと、流澄は気だるげに手を振る。彼に向かってミシェルは歩き出した。
「今日は花見にしては遅いわね――忙しくて、盛りを逃してしまったみたい」
「私もさ。記者を
「あんたなら簡単にできそうだけれどね、探偵さん」
「あいつらの鼻は侮れないよ。今だって、誰かが影から見てるかもしれない」
「あんたがのんきに座ってることが、いないことの何よりの証拠よ」
ミシェルは流澄の隣に座った。
「ここの桜は色が濃いね」
流澄は桜をぼうっと見つめて呟いた。
「そう?ああ、あなた、煌陽出身だものね」
「煌陽の桜は色が薄くて、白い頬にほんのり紅が乗ったようなんだ」
「じゃあ、ここの桜はさぞかし派手に見えるでしょうね」
「そうだねぇ。流行り遅れの芋くさい化粧みたいだ」
「何よそれ、失礼ね!」
「すまないすまない。悪気はないんだ」
流澄は両手を振って弁解する。ミシェルは少し頭に来たが、深く呼吸をして自らを落ち着かせた。
「そういえばあなた、全然煌陽に帰らないわよね。ほら、家族とかに会わなくていいの?」
「家族か、たぶんいないと思うよ」
流澄は、落ちてきた桜の花びらを指で
「あら、ごめんなさいね」
「いや、全く気にしていない、というかむしろいなくてよかったと思っているよ」
「へ?」
「家族に縛られた人生はごめんだ」
「あんたらしいと言ったらあんたらしいけど……。学費はどうしてるのよ」
ミシェルは呆れたと同時に安心した。
「学費は貯金を少しずつ削っているよ」
「遺産かしら?少しずつって、あんたまさかダイヤモンド王の息子だったり?」
「それは明かせないな。秘密は秘密であるからこそ価値があるんだよ」
「はぐらかさないでよもう」
答えない流澄に対して、ミシェルはこれ以上追及しようとはしなかった。
その後は、持ってきた団子を食べて、各々好きな時に帰った。
これは、ミシェルが流澄の出身について尋ねた、最初で最後の会話だ。
「ダイヤモンド王、ですか」
「あんなのただの冗談よ」
考え込む桜に、ミシェルは軽く笑い飛ばしてみせた。
「いえ、たしかにまだ外国の利権については調査していませんでした」
桜が真剣な顔つきで言う。
「どこかのダイヤモンド鉱山の持ち主だったりするかもってこと?あり得るにはあり得るわね。煌陽には保護国が多いもの」
そう考えると、「ダイヤモンド王」もあながち間違いではなかったのかもしれない。
ミシェルは、はぐらかされたことが残念だった。
桜は「ごちそうさまでした」と言うと立ち上がった。
「この件が終わったら、すぐに調査を始めます。ありがとうございました」
「役に立てたようでよかったわ」
ミシェルに見送られて、桜は部屋を出た。
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