陰謀 七 〜理性と感情のはざまで〜
「いつも、論理的に話す、る、すむさんが。情に訴え、ようと、するなんて」
息も切れ切れに、桜が言う。
流澄は「あぁ……」と気の抜けた声を出した。
「なんだい。初めから私の失態を誘うためにこんなことをしてたのかい」
怒鳴る気力もなく、彼は苦笑した。
「そうですよ、だって、こんなに弱った流澄さんは、そう滅多に見られるもんじゃありませんから」
目尻の涙を拭い、桜は手錠を懐に戻した。
「僕もあなたが殺人を犯したとは思っていません。どうぞ安心してください」
「よしてくれよ……。傷に触るだろう」
「これくらいじゃ、くたばらないでしょう」
桜は流澄の椅子に近づくと、腹の辺りに手を伸ばした。
流澄は、痛みがやわらぐのを感じた。体の緊張もゆるんだようだ。
「応急処置は、僕の方が長けているみたいですね」
桜が微笑する。
「そうだね。ありがとう」
流澄は安心したのか、大きなため息をついた。
「それで、保安局員が情に流されたわけがない。私が市長を殺害していないという、証拠があるのかい」
「ありますよ、もちろん。僕は実は、視界共有魔法で市長を監視していたんです。反政府的な動きがないか、というね」
視界共有魔法とは、動物の視界を借りる魔法だ。
自分より魔力量の低い動物に対してのみ、発動可能である。
「私以外の何者かが、市長を刺したところを見たのかい!」
「はい。黒いローブの魔術師でした。おそらく『亡者憑き』の力と見せかけて、他の魔剣を使ったと思われます。それは保安局にも伝えてあります」
「どうだい?私の濡れ衣は晴れそうかい?」
「それは分かりません。あなたが怪盗東雲であることは伝えていませんが、確たる証拠がないと……」
桜は申し訳なさそうに言った。
「どうにかして、その黒いローブの魔術師と魔剣を見つけないとだね」
「そうですね。ですがまずは、ミシェルさんに診てもらいましょう」
「ううむ……」
「任務遂行のためには、まずは自らの体調を一に考えろ、というのが保安局の標語です」
乗り気ではない流澄をさとし、桜は二階に脱ぎ捨てられていた流澄の服を取ってきた。
流澄が着替えると、ふたりは外に出た。
「ミシェルさんは、今日は休みですので、直接家に行きましょう」
「家?私場所知らないけど」
「僕が知っているので大丈夫です」
「保安局って怖い……」
ふたりはルーチェ大橋を渡り、古本屋を超えた。
「病院に近い辺りなので、もうすぐですね」
「いや、どうやらわざわざ訪ねる必要はないみたいだよ」
流澄は前方を見てそう言った。
ミシェルの藍色の髪があった。何やら女性に囲まれているようだ。
「ごめんなさいね、あたし、今人探ししてるのよ。ええ、連絡先?そういうのは、あたしが暇な時に改めて尋ねてちょうだい、ね?」
甘い声で「はぁい」と答える女性の集団から、ミシェルは早足で離れた。
その後をすばやく追いかけて、流澄はミシェルの肩に手を置いた。
「なーにやってるの、美形野郎」
「あら、ルース!とハルトちゃん。探したのよ」
ミシェルは勢いよく振り向いた。
その真剣な表情を見ると、本気でふたりを探していたことが分かる。
「お茶でもしようかと思って訪ねたら、もぬけの殻なんだもの。何かあったんじゃないかって、心配したのよ」
ミシェルは勘が鋭いらしい。
流澄と桜は顔を見合わせ、その様子を怪しんだミシェルは、ふたりを家に上げた。
「で、何があったのかしら」
「その、まずは流澄さんの傷を治してもらえませんか。話はちゃんとしますので」
苦い顔をした流澄のの横で、桜が頼み込む。
「傷ですって?また独断で危険なことをしでかしたのね!全く」
小言を言いながらも、ミシェルは流澄の腹の傷を治した。
「これは……、矢が貫通したのね!応急処置は悪くないけど……」
応急処置が褒められ、桜は心の名で歓喜の声を上げた。
「私にも、上手いやり方を教えてくれよ」
「前に何度も教えても、できなかったくせに」
「それは昔のことさ。あの時より、他の魔法の腕も上がってるし」
「それはどうかしらね。って」
ミシェルはパッと顔を上げた。
「もしかしてあんた、ハルトちゃんに話したの?」
「話したというよりは、知られてしまった、かな」
流澄が、桜の顔を見る。
「入院した時に、夜になると魔力が宿ることに気づいたんです」
桜の言葉に、ミシェルの紺色の目から光が消えた。
「それは本当?あなたに、それに気づくほどの魔力があるとは思えないけど」
ミシェルの勘はやはり鋭い。ふたりは黙り込んでしまった。
「あなたが夜、ルースの魔力を測っていることには気づいていたわ」
ミシェルは淡々と続ける。
「そこである噂を聞いたの。最近、犯罪者がいく人も逮捕された、とね。保安局の監視が厳しくなっていることには、皆うすうす気づいているわ。この噂が流れ出したのはね、ハルトちゃん、あなたが来てからなのよ」
「やはり気づかれていましたか」
桜は、諦めたようにため息をついた。
「さすが名探偵と親交の深い方です、勘が鋭い。たしかに、僕は保安局員です」
「あら、それは褒め言葉かしら」
「別に親交が深いわけじゃないよ」
ミシェルは微笑し、流澄は少し不服そうだ。
「ミシェルさん、このことを口外したら、首が飛ぶと思ってください」
「それくらい分かってるわよ。今の平穏な暮らしを捨てる気はないわ」
そう言うミシェルの紺色の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
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